2016年2月13日土曜日

[翻訳]ザブリスキーのコクーン(It's About Time)



ツアーオブミズーリのITT(個人タイムトライアル)を30分後に控えた湿度80%に達する蒸し暑い夏の午後、暑さ対策の為のアイス・ベストを着用したデイビッド・ザブリスキーは、FeltのTTバイクに跨がり、Cyclopsのトレイナーで入念にウォーミングアップを行っていた。見本市会場に停車したチームバス横の日よけの下で、彼は黙々とペダルを廻していた。チームバス横に設置された巨大なデジタル時計を真っ直ぐに見つめながら。
クロノマン(TTスペシャリスト)としての特質は、この30歳のアメリカ人に生きる糧をを与えた。2005年のツールのプロローグで、彼は11.8マイル(約18.98キロメートル)のコースで平均時速33.97マイル(約57.4キロメートル)というツール史上最高記録を打ち立てたのだ。その年のマイヨジョーヌであったランス・アームストロングに対して、最終的に2秒のアドバンテージを稼いだ。
(訳注:記事は2012年のランス・アームストロングの全てのタイトル剥奪以前に書かれている)

このITTでの奮闘により、ザブリスキーはその後3日にわたってマイヨジョーヌを守る事が出来た。彼はマイヨジョーヌを纏う事が出来た史上3人目のアメリカ人となった。(レモン、アームストロングに次いで3人目)その年のはじめ、ザブリスキーはジロデイタリアの第8ステージのITTにおいてステージ優勝している。2004年のブエルタでの100マイル(約160キロメートル)に渡っての大逃げでの勝利は、基本的にITTと同じ方法論でもたらされた勝利だ。そしてこういったクロノマンとしての脚質は、このソルトレイク出身の若者に昨年までの4年連続を含む5度のナショナル・チャンピョンをもたらした。
2005年ツールでマイヨジョーヌを突然失った時のような不調の時でさえ、彼はチームを優先し自分の成績を二の次にしてきた。そしてこのツアー・オブ・ミズーリのITTステージで、彼はリーダージャージと、そして彼の9年間のプロサイクリストキャリアで自身初となるステージレースの総合優勝を手に入れる事になるのである。

それを知ってか知らずか、ITTスタートとなる午後3時の数分前、彼はバイクを降りて白とオレンジのガーミン・カラーのバイザー付きTTヘルメットのあごひもを締め直し、ふたたびバイクに跨がって100ヤード(91.44メートル)先のスタート台へ向かった。スタートの順番を待ち、サドルに跨がり、ふたたび立ち上がって伸びをし、グローブを直し、そして座り直して深い深呼吸をする。緊張とアドレナリンがない交ぜとなって彼の心に沸き上がる。前走者がスタートすると、彼はバイクをゆっくりスタート地点に進める。シューズをクリッピングペダルにセットし、エアロフォームでバイクのバランスを保ち、タイムトライアルのスタートを待つ。タイムトライアル、それこそは彼のキャリアを大きく変えた分岐点だ。

レース終了後、マイヨジョーヌを身に纏った彼は記者会見会場へ向かって歩いていた。ザブリスキーは平均時速31.25マイル(50.292キロメートル)という素晴らしい成績を収め、2位のグスタフ・ラーションに対して30秒のリードを確保した。ポディウムでの表彰とTVインタビューにより、ザブリスキーはプレス・カンファレンスに10分以上遅刻した。彼は詰めかけたプレス陣にこう伝えた。「ハァイ、みんな、僕なんかの為に待っててくれたのかい?」(訳注:花輪君の声で)

ザブリスキーはいつも冗談か本気か分からない男だ。彼は時々自分に降り注ぐ華やかなスポットライトよりも、バイクにたた跨がっている時間を好むタイプの男。彼のどこかぎこちない笑いとマシンガントークは、彼のまばたく蒼い瞳の奥に潜む繊細な知性を隠す繭の役割を担っている。プロとして、また一人の人間として様々な苦難を経験した今、彼はバイクに乗る事が出来る今の自分に素直に歓び、急に自分に降ってわいた世間の注目に少しばかりに驚いているのだ。
めったに自分の内面を人に見せる事のないザブリスキーだが、ごくたまに、彼の妻ランディにしか見せない心の底を一部の部外者に垣間見せる事がある。彼らはその時になってはじめて、ザブリスキーの硬い繭に覆われた柔らかで脆い内面を知る事になるのだ。しかし彼を外面でしか知るよしもないその他大勢にとって、彼は単なるお調子者の道化でしかない。

「君達っていつもザブを話題にする時、語尾に(薄笑)を付けるよな(笑)」
ガーミン・スリップストリームのGM、ジョナサン・ヴォーターズは語る。

確かにザブリスキーは過去9年にわたって我々に(薄笑)ネタを提供してきた。ポディウムにスニーカーで登り、ポディウムでブーケをぶんぶん振り回して観客に投げつけ、パレードのオープンカーに乗っている時に身体を乗り出してスローモーションの一人ウェイブを演じてみたり。彼がツールのTTで記録を打ち立てる前にあるレポーターがザブリスキーに今日の作戦を聞いた時、彼はこう答えた。

「作戦かい?そうだねぇ。まずペダルを強くふんで飛び出すんだ。その後も踏んで踏んで踏んで最後までペダルを踏み倒して僕は勝つつもりさ」

ブエルタでの長距離一人TT逃げの後には、

「どうやって勝ったかって?ガンズ(Guns 'n Roses)の歌をずっと口ずさんでいたからだね(真顔)。曲名は忘れちゃったけど歌詞はこうなんだ。"♪誰もおいらを捕まえる事なんでできねぇぜ!おいらは無実さ!♪"」

ツアーオブミズーリのステージ6後のプレカンで最後になにか一言と求められて、彼は固まったあと

「うーん、ごめん。なんも降りてこないよ。今日は僕の灰色の脳細胞をいくつか犠牲にして走ったからねぇ(真顔)」

お馴染みのこういった姿は「古きよきザブ」といったところだろう。CSCでのチームメイトだったイェンス・フォイクトは語る。

「ザブはいつだってプレス・カンファレスに向けて全力でネタを仕込んでいたものさ。」

プロトンの中で、ザブはいつも他のライダー達に「ザブさんの突撃!隣のサコッシュ」的インタビューをやっていた。ある時は当時リクイガス、現ガーミンの通称「天才軍師」ウェゲリウスの横にゆらぁーと近寄っていき、

「これまでに液体ガス(liguid gas)をお腹にため込んだ事はあるかい?(真顔)」

と尋ねた。(訳注:当然、天才軍師はガン無視で瞬殺した事だろう)
U.S.ポスタル(2001-2004)、CSC(2005-2007)、そして現ガーミン(2008-)のチームメイト達はザブの様々な恐怖症に慣れていった。例えばハワード・ヒューズばりの彼の潔癖症がある。
(訳注:1905-1976 アメリカの実業家、飛行家、映画制作者。資本主義の申し子、地球の冨の半分を持つ男と呼ばれた。同時にパラノイア的潔癖症と妄想壁で知られる。レオナルド・デュカプリオ主演で伝記映画が作られている)

ジョナサン・ヴォーターズはこう語る。
「ザブが人と握手してるのなんて見た事ないね。あいつ、いつだって人に握らせるのは二の腕だもの♡」

ガーミンの公式サイトのプロフィールによれば、ザブリスキーの好きな映画は「ビッグ・リボウスキ」とある。コーウェン兄弟のカルト・コメディだ。また彼はギレルモ・デル・トロ監督との出会いを人生の宝物の1つに挙げている。デル・トロ監督はザブのバイブルであるヘルボーイの監督でもある。つまりかいつまんで言えば、ザブリスキーは世間一般でいう「オタク」である。ザブリスキーは全長60cm〜1m程度のプレミアもののフィギュアのコレクターでもある。フィギュア一体の価値は1,500ドル以上だ。昨年のツアーオブカリフォルニアの時に彼のソルトレイクの家に泥棒が入った。泥棒は彼のお気に入りのヘルボーイのフィギュアを盗み、ザブはまるで泥棒が彼の北京オリンピック・ロード大会での記念リングを奪ったかのように怒っていた。

ツアーオブミズーリのTTを勝利で締めくくった後、ザブリスキーはチームバスでビールを飲んでくつろいでいた。まだリーダージャージの行方は分からない中、彼はこうツイートした。

「何人かの悪い友達が僕にこう言ったんだ。"ヘイ、今日こそXXXX(訳注:不適切隠語)をやっちまおうぜ!"って。僕には意味が分からなかったけど、どうやら僕はやっちまったらしいよ。やれやれ(真顔)」

彼のエキセントリックさはしばしば注目の的になる。しかし彼がたまにみせるシリアスな側面が注目される事はほとんどない。ザブリスキーはたまにそういうギャップを見せる。タフだったツアーオブミズーリの第6ステージの後、ラマダ・インでチームとの食事の後にラウンジでくつろいでいた時の事だ。
彼はちょうど「ヘルボーイⅡ」を見終わった後だった。デル・トロ監督と同じレベルで彼はオリバーストーン監督のファンでもある。最近、JFK暗殺に関する本を読み終えた彼はこう語った。

「僕はほとんどJFKが暗殺された時代の事を知らなかったよ」
「今思うと、この暗殺事件の前と後で世界はまったく変わってしまったんだね.」

アメリカの政治に彼は感心を持っていた。ザブはバラクオバマの就任式に参列したかったのだが、その代わりにアリゾナでのガーミン・シャープのトレーニングキャンプに参加した。キャンプ中だったので、動くバラク・オバマの代わりニュースサイトの静止画に声援を送る事で満足した。

彼は時事ネタにも日々感化され、心を動かされる。9月5日に彼はこうツイートしている。

「もし熊が人を襲ったら、人々は最初の証拠を見つけた後に熊を射殺し、こう言うだろうね。"もはや人間の近くにいる熊は信用出来ない」

土曜日の夜、彼はこの謎めいたメッセージを説明してくれた。このツイートは「ジェイシー・リー・デュガード誘拐事件」に関するものだった。1991年、当時11歳だったジェイシー・リー・デュガードが誘拐され、18年後の2009年になって身柄を保護された。主犯のフィリップ・クレイグ・ガリドーと妻のナンシー・ガリドーは逮捕された。

「僕はこの事件にとてもムカついていたんだ」ザブリスキーは語る。
「奴をたった3年刑務所に入れた後にそのまま野に放ってやるなんてありえないよ。奴は刑務所から出た後、そっくり同じ事を繰り返したんだ。時々、奴ら(性犯罪者)は本来もっている悪い面を刑務所で進化させてしまうんだ。僕は死刑制度には反対の立場だけど、奴らを人々の中に解き放つのには反対だよ。熊の例え話は奥さんに聞かせた例え話なんだ。キャンプ上の周りで人を襲った熊は射殺される、なぜなら人の周りにいる熊はもう信用出来ないからね。それが僕のいいたい事なんだ。」

いつもの突飛な空想と違い、この時のザブリスキーは淡々と事務的に彼の考えを話していた。その顔はいつもの道化の表情ではなく、彼と妻が妻の宗教(ユダヤ教)の教義に沿って育てている生後15ヶ月の息子(ウェイロン)の父親の顔だった。彼は信神深い家庭に育ったわけではない。だが、彼の母は彼に自然への畏怖と敬意を教えた。母のこの教えはザブリスキーの心に宿る命への深い敬意を育んだ。彼はこの自然への敬意を普及させる為、Y2Lとして知られる「命を育もう基金」を運営している。これは2003年のトレーニングキャンプの時、彼のキャリアをもう少しで終わらせるところだったSUVとの事故がきっかけで設立された基金だ。
Y2Lは「道路を譲り合おう(Share the road)」をスローガンに、ドライバーと歩行者、ドライバーとサイクリストの穏やか名共存を探る事を目的としている。

「こいつは癌じゃないしAIDSでもない。でもこれ(路上で他者にイライラして引き起こされる事故)は治療しなければいけない病気なんだ。これは確実に直せる病気だ。ただスピードを落とせばいい。ただ命が大切なものだと思えばいい。フラワーチルドレンが「ピース(平和)」を合い言葉にしていたように、「Share the road」は僕にとっての「ピース」なのさ」

彼は根っこの部分でバイクに乗る事を心から愛している。SUVとの事故は彼にこの事を思い起こさせた。彼の肘と膝にフランケンシュタインのようなピンを植え込んだ交通事故の後、ザブリスキーは1ヶ月の車椅子生活を余儀なくされ、歩く事も自転車に乗る事も出来なかった。

「僕は友達に助けてもらって、思いっきり速く車椅子を押してもらったんだ。出来るだけ速く、出来るだけ強く。僕の顔の横に吹き抜ける風を感じると、僕はまるでバイクで風を切っているような気持ちなれた。」
「僕は毎日バイクに乗る事を楽しんでいる。多分、僕はレースよりも目的なく自転車に乗ったり、トレーニングしている方が好きだ。」

彼は群れるよりも一人でライドする事を好む。エンドルフィンが溢れだし、頭が空気に溶け込むように明晰になる。

「バイクに乗ることって一種のセラピーなんだよ」
「..そしてさ、ライドを終えた後っていつも全てが....」
彼は微笑みながら言う。
「...うまく言えないや(笑)まぁ、なんとなく分かるよね?(笑)」

子供の時、彼にはプロ・サイクリストになりたいという憧れはなかった。先生が将来何になりたいのか尋ねても、彼は答えられなかった。
「生きているものは皆、自立しなくちゃいけないって強く思っていたんだよ。」
彼は語る。そしていつも彼が自分自身の心の内を披露する時の癖で、声を低めて付け加えた。
「これまでの所は、まずますだね。」

彼は真顔になって付け加える。

「もちろんその瞬間瞬間に集中してきたし、ハードなトレーニングも積んできた。でも僕は決して"プロのスポーツ選手になりたい"とは言わなかったよ。」

そして今、自身初のステージ・レース制覇という節目からわずか1日の今日、この勝利は彼にとって何を意味するのだろうか?

「クール?って感じ?そうだねぇ、僕の人生の中で最高の瞬間だよありがとう!とは言えないけど、でもこういう事が生きている間にぽこって起こったらうれしいよね。それに...」

彼は付け加えた。

「僕はこの"ぽこっ"をずっと待っていたんだ。」



彼のキャリアの最高の瞬間を尋ねた時、彼は暫く黙り込んで考えた後、最後にこう言った。

「....僕は熱狂的なバイクレースのファンじゃないんだよ。」

彼はこの質問には答えたくないようだった。

「あなたって謙虚なのよ。」

ガーミン・シャープの広報担当、マリア・パングレイスが横から相の手を入れる。

「そうだね、そうかもしれない。」
「ただ家に帰り奥さんの傍にいられる時間は僕にとってそても大切な時なんだ。自動車との衝突事故は僕の人生の分岐点だった。だからバイクレースで走る事が出来るって事は僕にとって一大事なのさ。奥さんも僕がどんな世界で走っているのか分かってくれたよ。」

彼はバイクに乗る機会を与えられている事に感謝している。しかしあの事故以来、もしかすると同時に恐怖も感じているのかもしれない。その恐怖は徐々に彼の重荷になってきた。ジョナサン・ヴォーターズは語る。

「彼はプロトンでトップ5に入る才能を持つライダーだよ。でも、奴がプロトンの先頭にいるのを見る事はあまりないはずだ。ザブは先頭で落車に巻き込まれるのをとても恐れているんだ。それでなるべく先頭を避けて後方に位置取ろうとする。」

ヴォーターズは続ける。

「それでザブはいつも無駄にエネルギーを使ってしまうのさ。」

結局、ザブリスキーは時折、プロトン側面をダッシュで上がらないといけない。この癖をスチュワート・オグレディはこう名付けた。"グリーン・ホーネット"。
(訳注:1966年にテレビドラマ化、2011年に映画化されたスーパーヒーロー。1966年のドラマ版ではブルース・リーがメインキャラの一人を演じている。)
数年前のドーフィネで、ザブリスキーがポイント賞であるグリーンジャージを着てプロトン側面をダッシュしていたからだ。
ガーミン・シャープのチームメイトであるクリスチャン・ヴァンデヴェルデはこう語る。

「ザブはずる賢いタイプのライダーじゃない。けど奴は時々"オレはワルだぜ危険だぜ"と思っている。」
「プロトンの右側を登っていったかと思えば次は反対側で同じ事をしている。プロトンの中で落ち着かずにぐるぐると回っているのはワルじゃなくてアホだ(笑)」

チームメイト達がガーミンの"グリーン・アホーネット"の愛すべき天然ぶりを笑い飛ばすのをジョナサン・ヴォーターズは微笑ましく見つめてきた。

「奴はアーティストとか天才とかと一緒で、浮き世よりひとつ高い次元からこの世を眺めているんのさ。奴は奴だ。僕はザブを変えようとは思わない。だけど僕はザブの中からいつもチームにとって最も必要なものを引き出すだけだよ。」

これはザブリスキーへの温かい言葉というよりも、彼が高いパフォーマンスを示せる限りはレースで走る場を与える、というリアリストの言葉でもある。

長いシーズンが終わった。ツアーオブカリフォルニアの2位からはじまり(ザブ曰く"勝てなかったけど結局1位のリーバイが成績を剥奪されたからね。僕にとっては勝利と同じさ")、ジロとツールでのアシスト役をやり遂げて、ブエルタはザブリスキーにとって現実的な選択肢ではなかった。しかし7日間のステージレースであるツアーオブミズーリは理想的な彼向きのレースだった。2008年大会はブランソンでの急勾配のTTコース故にヴァンデヴェルデ向きの大会だった。だが今年のコースはザブリスキーにおあつらえ向きの19マイルのフラットなコースだ。ディフェンディング・チャンピョンであるヴァンデヴェルデはその事に気が付いていた。そして当然、ジョナサン・ヴォーターズも。彼はヴァンデヴェルデが最初のステージでクラッシュに巻き込まれる前から、チーム戦術をザブのエースシフトに切り替えたのだ。
ザブリスキー獲得に動いたヴォーターズの目論見は結果的に成功した。イェンス・フォイクトはこのツアーオブミズーリでザブリスキーのCSCからガーミンへの移籍について語った。

「彼は移籍によって自由を得たんだよ。今のザブは自分の直感と流れで自由に動く事が出来る。もし彼が、"ジョナサン、今日はこっちじゃない気がするんだ" と伝えればそれでOKなのさ。CSCだと話は別になる。おっかない(ピー)スが"お前の意見なんか関係ない。金払っているんだからやれ!"って鬼瓦みたいな顔で言うんだ。ザブはそういうのに萎える。だから奴は今のチームでとても幸せだし、そう見えるだろう?彼はハッピーだから素晴らしいパフォーマンスでチームに恩返しする。そして今日見た通り、彼は単なる道化なんかじゃない。頂点のサイクリストの一人なんだよ。」

フォイクトは日曜日のカンザスシティで行われた7周(10.2マイル X 7)のクリテリウムでの最終ステージを引き合いに出した。このクリテの間、ザブリスキーは彼のクラッシュ恐怖症と闘い、忠実なチームメイトのリードアウトにびったりと付いてフロントを確保し続けた。午後4時34分、レースは終了し、ザブリスキーは2009年度ツアーオブミズーリの勝者となった。ポディウムでのシャンパンファイトの後、彼はプレスカンファレンスの会場に向かった。一人のレポーターが、ザブリスキー程のキャリアがあるのにこれまでステージレースでの総合優勝がなかった事を驚いていた。ザブリスキーはいつもの調子で答えた。

「長くやってれば勝てるなんて簡単なものじゃないんだよ」

でもこの会見でのザブリスキーはとても落ち着いて、安堵し、そしてとても満足して見えた。ついにテストに合格し、そして彼が単なる特定分野のスペシャリストではなく、真のオールラウンダーの一人であると証明出来た事に。

「タイムトライアルは上手くいったね。そしてこのTTが総合優勝の原動力だった。分かってもらえるか分からないんだけど、体調だったり筋肉の声を聞いて、よし、今日はイケる!って思ったんだ。この"ワオ!僕って今日はイケちゃうかも!"って感覚はずっと僕を素通りしていた。でも、あの時は感じる事が出来た。そして実際にイケ散らかしてたよ」

ジョナサン・ヴォーターズはツアーオブミズーリでの勝利を、ザブリスキーのサイクリストとしての円熟に向けての重要な分岐点と考えている。

「この結果が示すように、ザブは適切な環境と準備が与えられれば、1週間を通じてメンタル、フィジカルを高度に制御出来る。」
「将来的には、彼はより大規模なステージレース、ドーフィネやスイスを視野に入れるステージレーサーとなれるだろう。」

(訳注:語りながら物理的にそろばんを弾いている姿で)

その輝かしい未来も今は只の仮定の話だ。鬼が笑う。しばらくの間、ザブリスキーにとっての幸せは、妻と息子が待つカリフォルニアの家に帰る事だ。そしてもちろん、趣味として自転車に乗る事。彼のシーズンは終わったのだ。(今年は世界選手権には出なかった)彼はふたたび、スポットライトを離れてサドルの上の一人の時間を満喫出来る。帰宅して間もなく、彼はマウンテンバイクに乗ってLA郊外のトレイルに出かけた。

そよ風に顔をくすぐられる歓びをふたたび感じる為に。



(fin)




Cycle Sport, November 2009

By John Rosengren





2012年10月10日 ザブリスキーは過去にドーピングを行っていた事実を認め、全米アンチドーピング機関(USADA)は6ヶ月の出場停止と2003年5月13日〜2006年7月31日の成績の剥奪処分を下した。

2013年、デイビッド・ザブリスキーは引退を表明した。








-エビ捕り船の船長にでもなるかねぇ -David Zabriskie
-ザブのキャリアを一言でまとめるなんて無理だけど、これだけは言わせて。彼はキャメロットのメドレーをアカペラで披露してくれたただ一人のサイクリストよ。-Bonnie D. Ford (ESPN)
 -ザブの引退を聞くとはじめて出会った時の事を思い出すよ。 ピュアで楽しいザブ。すっとそのままだよね。 - Matt Rabin (Slipstream)


Paigeさん(@amourdevelo)が投稿した写真 -
-ザブの引退を今知ったの。 とても寂しい。一緒に働いた事があるからってだけでそう思うのが馬鹿げてるって分かっている。でも彼を目の前にした時、ろれつが回らないぐらい緊張した。そんなになったのは彼だけ。皆はカブやサガンやファビアンに憧れる。彼らには才能があるから。でも私がザブのキャリアを単なる成績以上に印象的に思うのは、私が彼を偉大なライダーだから尊敬しているからじゃない。私が彼を尊敬しているのは、このエゴにまみれたスポーツの中で自分のままでいいんだと教えてくれたから。人と違っててもいいんだよ。自分らしければ、人と群れる事なんかないって。ユタやコロラドで何回か彼とあったけど、今年、そしてこれから会えないと思うと寂しくなるね。引退生活を楽しんでデイブ、あなたがいなくて寂しいわ。 -Paige (Team Trek)




I just asked him at the end, how are you doing? And his reply simply said: “Still not sure how I am.”  That sums it up. It’s the same for all of us. Nobody prepares you for it. All you have ever done is raced. None of it was normal. It became normal, but it was extraordinary and we didn’t realize.
引退したザブに何の気なしに聞いてみたんだ。「どんな具合だ?」って。こいつが奴からの返事さ。ただ一言、


"まだ整理が付かないよ”

この短い一言が全ての答えさ。これがオレ達ライダーの偽らざる気持ちだ。誰もお膳立てしてくれやしないんだ。オレ達の人生はレース一色だった。一欠片だってカタギ衆の生活じゃねぇ。オレ達は引退してちょっとづつカタギ衆の生活に馴染んでいくんだ。でもそいつは途方もない事だぜ。オレ達が想像すら出来なかった世界だ。



-David Millar (Garmin Sharp)







There's a starman waiting in the sky
He'd like to come and meet us
But he thinks he'd blow our minds
There's a starman waiting in the sky
He's told us not to blow it
'Cause he knows it's all worthwhile

He told me
Let the children lose it
Let the children use it
Let all the children boogie"

空の上で変わり者がこっちを見てる
こっちに来て一緒に遊びたそうにしてる
でも変わり者の僕がいきなり来たら驚くんじゃないかと心配してる
空の上の変わり者は待っている
奴は言ったよ、そのままでいいんだって
それが一番大事な事だって

奴は言った
人の眼なんて気にせず
自分がしたい事をしろよ
そしてみんな自分の人生をダンスするのさ



-David Bowie - Starman 










孤独故に愛され、エキセントリックさ故に尊敬され、

レジェンド達は成績を残し彼は記憶を残した。

なによりも人であった彼へ愛と敬意を込めて。








2015年12月23日水曜日

[翻訳] J.V.曰く:ティンコフは自ら墓穴を掘ったのだ (Cyclingneww)


He was effectively donating money to the ‘save the Alberto Contador salary fund’
ティンコフのした事は、実質的には《アルベルト。コンタドール救済基金》への寄付のようなものだった。(J.V.)


Jonathan Vaughters agrees that the current cost structure for teams within professional cycling was one of the factors that drove Oleg Tinkov to decide to leave professional cycling. However the Cannondale-Garmin team manager added that the Russian oligarch helped manipulate a worrying trend in which teams cannot sustain their longevity within the sport.
ジョナサン・ヴォーターズは現在のプロチーム運営に関わるコスト構造がティンコフがこの世界から手を引く事に決めた一つの要因だと語る。
しかし一方では、このロシアの大富豪は、このスポーツの運営を厳しくする種を自ら蒔いてしまったと彼は付け加えた

Tinkov announced last week, in an exclusive interview with Cyclingnews, that 2016 would be the final season of his involvement and that he was looking to sell his WorldTour squad which will be known simply as Tinkoff in 2016. 
先週のCNとの独占インタビューの中で、ティンコフは2016年という年がチーム運営に関わる最後の年になるであろう事、そして2016年は「ティンコフ」というシンプルな名で呼ばれるであろうこのワールドツアー・チームの売却先を探すつもりだと語った。

The Russian cited the lack of return on his investment since he re-entered the sport and bought his current team from Bjarne Riis, as well as the slow level of progress shown in areas such as revenue sharing and the setting up of a franchise-style scheme. 
彼は、現在のチームをビャルヌ・リースから買い取りこのスポーツに再参入して以来、投資に対するリターンが得られてなかった事、そして、遅々として進まない放送収入の再配分計画、そしてフランチャイズ方式の構造改革を理由に挙げた。
He also added that the sponsorship activation his team had created had been a success, therefore hinting that an extension of his role in investing in cycling was no longer required.
さらに彼は、チーム・ティンコフへのスポンサーシップが一定の成功を収めたので、サイクリングの世界への彼のこれ以上の投資は必要とされていないのだ、とも付け加えた。

“I’m not surprised he decided to do this. He was putting a lot into the team. I think it was around 60 million. No matter how wealthy you are that’s a lot of money to lose as an owner when you don’t have any way of recouping that money in the current way cycling is structured. Essentially you’re not actually investing the money, you’re donating it. He was effectively donating money to the ‘save the Alberto Contador salary fund’,” 
Vaughters told Cyclingnews.
「彼が決めた事について僕は特に驚かないよ。彼は大金をチームにつぎ込んでいたからね。6千万(※おそらくユーロ 約80億JPY)ぐらいは突っ込んでいたんじゃないかな。どんなにリッチだとしても、現在の自転車界の中でちゃんとしたビジネスモデルを持たずにオーナーとして多額の損失を被る事は、まぁ、言ってみればお約束だからね。結局、(サイクリング世界への資金投下は)投資じゃなくて寄付なんだよ。ティンコフが行っていた事は実質的には《アルベルト・コンタドール救済基金》への寄付だったって事さ。」
ヴォーターズはCNにこう語った。

However, like Tinkov, Vaughters echoed his counterpart’s issues with how the sport lacks a model of sponsorship and investment that encourages long term growth. BMC Racing recently announced that their future was secure for the future, however a number of teams including Tinkoff and Cannondale only have one year left to run on their existing WorldTour licenses.
しかし一方、ヴォーターズは、この事例は、プロサイクリングという世界が長期的で安定的な運営に欠かせないスポンサーシップや投資の対象としてのビジネスモデルの欠如を示している、と繰り返した。BMCレーシングは最近、チームは未来の運営に向けて経済基盤が万全であると発表している。しかし一方で、ティンコフやキャノンデールのように、多くのチームは残り1年分のワールドツアーライセンスしか更新出来ていない。

The argument made for some time is that team would be more stable if the ASO released television revenue to the WorldTour teams, therefore creating influx of capital for squads to build foundations and offset their expensive running costs. However Vaughters argues that television revenue sharing is not the answer to cycling’s problems.
もしもASOがプロチームのテレビ放送権料をチームに再分配すれば、チーム運営はもっと安定化する、という議論はいくたびもなされてきた。共同組合を作り(※訳注:J.V.とティンコフが立ち上げようとしていた団体(veron?)の事と思われる)、チームの財政基盤と高額の運営費の穴埋めをする為に。しかしヴォーターズはこれに否定的だ。彼は放送権料の再配分がサイクリング世界の問題の最終解決にはならないと言う。

“There’s got to be some fundamental changes if we want a more sustainable system. Everyone talks about getting their hands on ASO’s television revenue, however I don't agree with this. It's premature. We need to add value to their events, before we dive into their profits. Which we can do! But it will take time. In the meantime, if you simply cut a cheque from TV revenues it’s not going to sustain a team. And imagine you get that cheque, so does everyone else, all it would do would be to inflate the salary market of the very few top riders in bidding wars. The money would be burnt through and it wouldn’t add anything to the context of stability. While revenue sharing is good, it doesn’t work on its own. What has to happen is cycling has to get control of its cost structure and create a financial fairness among all the teams, then we can discuss revenue sharing in the context of stability.”
「もし我々がより良い未来に向けて持続可能な運営モデルを作りたいと思うのであれば、プロサイクリングの世界の根本的な構造改革が必要になる。今は誰もがASOの持っているテレビ放送権に手をつけようと躍起になっているけど、僕は賛成出来ないね。まだ時期尚早だよ。彼らから何かを得たいのであれば、まず我々自身が彼らのイベントに価値を加えなくちゃいけない。我々にはそれが出来る!でもそれには時間が必要だ。その前に我々がテレビ放送権を切り崩したらどうなる?チームを長く維持する事は出来なくなるよ。放送権料がプロツアーチームに配分された状態を想像してみるといい。一つのチームだけじゃない、全てのチームがいきなり多額の資金を手に入れる事になる。すると市場に降ってわいた大金は小数のトップ選手のサラリーを一気に高騰させるマネーゲームに使われるだけだ。すぐに資金は溶けてしまい具体的な構造改革に使われる事はない。インフレだ。高額の分担金が入ってくる間、その金は死に金にしかならなず、活きた使い道をされる事はない。この世界でおこった出来事(ティンコフをはじめチーム運営の厳しさ)は、我々がチーム運営のコスト構造を改善し、全てのチームに財政的平等性を保証する必要がある事を教えてくれた。つまり我々は財布の穴を塞ぐ必要があるんだ。それをした上ではじめて、持続可能な成長の為に、放送権料の再配分を話し合う事が出来るんだよ。」

The cost model
コスト構造について


In the last decade running WorldTour teams has become increasingly expensive. Inflated salaries, added structural costs, and the UCI Biological Passport costs have all been factors, while at the same time the richer teams have simply raised the budgets
直近10年にプロツアーの運営費用は高騰の一途を辿ってきた。契約金の暴騰、構造費用の負担追加(訳注:ここでのstructual costの意味は、恐らくランニングコストと同意と思われる)、そしてUCIバイオロジカルパストートの導入などがその要因だ。同時に財政的に裕福なチームは選手獲得の為に単純に契約金を吊り上げてきた。

“When you see a Tinkov at 30 million and Team Sky at 35 million and Katusha and BMC even higher, that’s just not a good commercial proposition for an incoming title sponsor,” Vaughters said.
ヴォーターズは言う。
「ティンコフの運営費は3千万(※訳注 繰り返すが恐らくユーロ、約40億JPY)、Skyは3.5千万、カチューシャやBMCはそれ以上だ。でも、これはスポンサーにそれだけの投資に見合う広告効果がある、という意味ではない。」

“People forget that even though cycling is less expensive than football or baseball from an overall salary standpoint, the sponsorships in cycling are actually really expensive relative to other sports. It’s reached the point where cycling is really expensive. Right now the only teams who can afford a ticket are the ones that are heavily subsidized by government or rich individuals. So teams like our, like LottoNL, we have to function with around 10 million for the title sponsorship and 15 million for the total budget. To me, until you get some legislation in place that creates financial parity for all teams you’re always going to have an environment where a rich guy comes in, buys a few expensive riders, gets sick of it and then goes away. Before we get into revenue sharing we need to get into a better cost model.”
「誰もが忘れているけど、たとえサイクリング・チームの運営費用がサッカーや野球のプロチームの運営費用ほど高くないにせよ、プロツアーチームをスポンサードする、という事はそれ以外のプロスポーツの運営費用に比べて非常に高額だ。(運営費高騰によって)サイクリングの世界はそんなレベルまで来てしまった。この2015年現在、政府や資産家による手厚い補助なしにプロツアーに列席出来ているチームは非常に少ない。我々とLottoNLぐらいだろうね。私はスポンサーからの1千万、総額1.5千万(約20億JPY)の予算でチームをやり繰りする必要がある。なんらかの規制が施行されてチーム間の資金格差が解消されない限り、金持ちがこの世界にふらりと来て、有名でサラリーの高いライダー達を買い占め、手に入れたおもちゃに飽きてこの世界から出て行くという寸劇を難度も見る事になるだろう。だから我々は放送権に手を付ける前に財布のひもを絞める(コスト構造の改革をする)必要があるんだ。

Budget caps
予算制限について


Financial parity is not a term cycling is used to and although rich investors and sponsors have been attracted to the sport, the volatility in long term investment has only led to growth in certain spheres of the sport’s economy and namely in wages for the best riders in the world.
チーム間の予算の均等性は、サイクリングの世界では長らく考えられた事がなかった。このスポーツは歴史的に裕福な個人や企業をスポンサーとして魅了し続けてきたにもかかわらず、彼らに長期的な投資の対象としての魅力を提示出来なかった。長期的な投資の欠如はこのスポーツの経済構造を非常に歪な形にしてしまった。端的に言えば、トップの選手の給料に資金が集中し、エコシステムを構築出来ていなかったのだ。

“You have to understand that as part of any financial plan or fairness you need to increase the wages of the workers in cycling. The wage inflation in cycling, that has pushed budgets up, concerns maybe for the top 15 riders in the world. Example, Peter Sagan’s contract is roughly five million Euro a year, that’s twice as much of what Lance Armstrong was earning. I was talking to an ex-teammate a while ago and he was a solid domestique and he was being paid 90K a year back in the 2000s. That’s what a good worker is being paid now. So the upper crust of riders their values have tripled and everyone else has seen their worth stagnate. This has to change, we have to value the efforts of the workers in cycling more. Budget caps would give protection and stability to teams and their riders. And as the sport grows, we increase the amount of the caps. It's not about limitation; it's about financial fairness.
ヴォーターズは続ける。
「どんな財政計画でも予算均衡計画でも、考慮しておかなければいけない大前提は《サイクリングの世界を職業としている全ての人間の給与を上げる事》なんだ。(訳注:意訳すると《サイクリングに関わっている全ての人がこの世界で飯が喰えるようにする事》)サラリーのインフレがチーム運営予算を圧迫したのは事実だが、それはたいたい世界トップ15の選手に限っての話だ。例えば、サガンの昨年の契約金はざっと500万ユーロ(6.6億JPY)だ。これはランス・アームストロングが稼いでいた額のざっと倍に当たる。ちょっと前に元チームメイトと話した事があった。現役の時、彼は純粋なアシスト選手だった。2000年代に彼の契約金は年間9万ユーロ(約1.1千万円)だったそうだ。これは、現在では有能なチームスタッフが稼ぐ額だ。つまり一握りのトップ選手の価値は残り全ての選手の三倍であり、格差は広がる一方だ。これはなんとかしないといけない。我々はもっとこの世界で働く全ての人に報いなければいけない。予算制限はチーム運営と全ての選手の経済的安定性を高めてくれると思う。そしてこのスポーツの成長につれて予算枠を徐々に拡大していけばいい。これは規制という意味ではない。持続可能な成長の為に予算的公平性が必要なのだ。

Tinkov out
ティンコフの撤退について


Cycling has been in a stalemate for some time. Tinkov thought that he could fix the underlying issues but they stem from a historical culture that has given cycling prosperity in one hand but held it back with the other.
サイクリングの世界はなんどもどん詰まり状態に陥ってきた。ティンコフはそのどん詰まりを自分なら解消出来ると思った。でも、その問題を引っこ抜いてみると、それは根っこの部分でこのサイクリングの世界の歴史的経緯と関わっていて、一見不合理で不必要に見えて、実は長らくサイクリングの世界に繁栄を運んできたものだった。彼は一度摘み取ろうとしたその悪い幹を取り去ろうとして諦め、今度は別の場所にくっつけて立ち去ってしまった。

Again, Vaughters understands Tinkov’s frustrations but points out that part of the problem Tinkov highlighted in his major announcement lies at his own feet.
繰り返す。ヴォーターズはティンコフの感じたフラストレーションには共感出来た。だが彼が宣言した多くの問題の多くは、彼が蒔いたものだったのだ。

“It’s funny he’s complaining about the broken financial model in cycling when he was the one who drove the inflation. I like Oleg but his ideas of having franchises and distribution of media rights are old and have been tried by many, in fact they go back to the original ProTour with Hein Verbruggen.
「皮肉な事に、ティンコフが指摘しているこの世界の経済基盤の破綻は、彼自身が引き起こしたサラリーのインフレによって引き起こされている。オレグの事は好きだ。けど、チームのフランチャイズ化と放送権の再配分というアイディアは過去に難度も繰り返されて来た道なんだ。ヘイン・バーブルゲンによって提唱された最初のプロツアー構想がそうだった。」

“Tinkov drove up the market value and then says shit it’s too expensive, I’m out. There needs to be some more firmly established financial rules for the game because he is a little bit of a victim of his own sword.”
「ティンコフは自分でこの業界の相場をつり上げた。そしてその結果、《なんてこった!なにもかも高すぎるじゃないか!もうやってられない》と放り投げた。もうちょっと堅実で洗練された資金計画がプロチーム経営というゲームには必要だったんだよ。彼は自分で自分の墓穴を掘ってしまったのさ。」




(end)


オリジナル


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JV:

ちょっとちょっと…!なんか私が汗臭いおっさんみたいな話し方じゃない?もっとカワユスに訳せなかったのかしらっ!(`ヘ´) プンプン!


カンチェ:

真面目な記事なのであんたの話し方をそのまま日本語にしたら誰も信じてくれないんじゃないか?


JV:

なに言ってんのよぉ!あたいの業界への愛はたとえルーン語でも伝わりますってぇのっ!


カンチェ:

では、《放送権の再配分の前に経済基盤の構造改革が先決》という下りをあんたの言葉で語ってみろ。


JV:

《あたいたち姉御は若いピチピチのカワユスが大好きじゃない?カワユスを愛でる為には必ずカワユスを生んでくれるストレートのカップルが必要なわけ。だからいい?あんた達。いくら飢えているからっていってもストレートへのお手つきはげ・ん・き・ん♡。育てて食べなくちゃ!》


カンチェ:

(CNのスタッフのテープ起こし大変だったろうな…..)


fin.




2015年12月14日月曜日

[翻訳] 拝啓 サンタクロース様 :ベネディクト・カンバーバッチからの手紙 (Huffingtonpost.co.uk)

Dear Father Christmas,
拝啓 サンタクロース様。

So my friend has asked me to write to you... I have to confess it's been hard to know what to say. Mainly because like most adults I feel preposterous asking anything of you because our time with you is surely done. Now we get our own presents, control our own fates, take responsibility for our own actions, and live in the world we have created... so it's not for us to turn around and plead for your help with the environment, the migrant crisis, the NHS, education, food banks, human rights, fundamentalism and wars. Though God knows we need all the help we can get with all these man-made problems and more.

友人からあなたに手紙を書くように言われまして…実のところ、あなたになにを書けばよいのやら、ずっと悩んでおりました。わたくしはあなたを夢見る年齢をとうに過ぎてしまい、他の多くの大人達と同じように、あなたになにかをお願いする事にいささかの居心地の悪さを禁じ得ません。今ではわたくし達は大人として自分達が望むものを手にいれ、行く末をわたくし達自身で切り開き、結果に責任を持ち、そして我々が作り上げた「この世界」で日々の糧を得ております。….ですから、わたくし達は過ぎ去った過去であるあなた様を振り返り、助けを請う事はいたしません。わたくし達が抱える環境問題、移民問題、NHS(英国国民保険サービス)、教育、食料、銀行、人権、原理主義、戦争…。そういった諸々の困難について。大いなる神はわたくし達人間が、自ら作り出したこうした苦難を乗り越えようと、あらゆる助けを必要としている事はご存じです。

And it's not that you aren't compassionate and full of joy. You're great. In spite of you being changed into different colours for corporations and being bastardized to represent materialism gone mad - despite probably originating in some season based pagan druid ritual a million thought miles from requests for spontaneously combusting hoverboards... Kid adults cynically pointing this out after having their moment of belief in you are wasting everyone's precious time. Because you are not for them. You are for the children. Children who need some magic in a world where the borders between innocence and responsibility, playful imagination and cold, adult obstacles are continually shrinking.

サンタクロース様、これはあなた様の深き慈悲と祝福を疑っているという事ではございません。
あなた様は「自然発火エンジン搭載のホバーボート」などという馬鹿げたクリスマス・プレゼントのお願いをされるとは思えない古のドルイド教の土着の神に端を発しているにもかかわらず、拝金主義の企業によって様々な色に塗り替えられ、物質主義の権化として汚されてきましたが、それでもなお、御身の慈愛の光はなにひとつ揺らぐ事はありません。ひねくれた大人は子供達があなたの事を空想する事で貴重な幼少期を無駄にしていると笑います。しかしながらサンタクロース様、あなた様はそのような大人の為にこの世に使わされたのではありません。あなた様は子供達の為にこの世におわします。無垢と責務、自由闊達な想像力と冷笑ぎみの大人、それらの境界線がますます曖昧になっていくこの世の中で、いくばくかの魔法を必要としている子供達のために。

This is what I'd like to ask you to help with. A little more time for children to be children. Stretch the moment of magic and playfulness. Distract them from the realities of a world gone mad so that they can laugh with their breath rather than sob with their tears. Especially those caring for family members, or suffering illness, hunger or poverty. Especially those hiding in buildings as bombs rain down, or being handed shaking with fear or cold into a boat to escape environmental disaster or war. Please help to light up their worlds with a moment of joy and hope.

あなた様にお願いしたいのはまさにこの事でございます。子供達を、どうか今しばらく、子供のままでいさせてあげてください。魔法と冒険の時間をどうかいましばらく彼ら彼女らにお与えください。子供達の目が涙に曇るのではなく心の底から笑えるように、この猛り狂う世界からお守りください。特に家族の世話をし、病気、飢え、貧困にあえぎ、降り注ぐ爆弾から身を隠し、災害や戦争から逃れようとボートの中で恐怖に身を震わせている子供達へ。あなたの灯火を掲げて、子供達の世界に歓びと希望をお与えください。

When I think about it you've got it tough this year... And when I really think about it I'm not sure that asking you for a lightsaber and getting one (not that I ever did by the way) is equatable with controlling the space time continuum and making the good of childhood last a little longer.

考えてみますと、今年のあなた様は責任重大と言えますね。真面目は話、あなた様にライト・セイバーをひと振りお願いする事と(今までの人生でライトセーバーをサンタ様にお願いした事はありませんが)、子供達のかけがえのない時間を今しばらく引き延ばす為に時空連続体を調整していただく事を同じように考えて良いものか悩んでしまいます。

But you do inspire wonder and awe amongst those that write you letters and go to sleep hoping there might be a new object in their possession come dawn. You inspire good behaviour and, at least in my memory, some desperate last minute attempts to redeem bad behaviour so as not to be overlooked. Spare a thought too for those millions who want to write to you but through illiteracy can't. Hear their words and help to give them the time and chance to learn how to read and write so they can better their lives and escape their impoverished beginnings.

それでもサンタクロース様、あなたに手紙を書き、朝になれば新しい宝物が枕元にあるかもしれないとワクワクしながら眠りにつく子供達は、あなたに驚きと畏怖の念を抱くのです。あなたは子供達を良い子にしていよう、という気持ちにさせます。そして、少なくともわたくしの記憶によれば、今年の悪い行いを帳消しにしようとする絶望的な試みをかき立てる原動力でした。あなたに手紙を書く事が出来る数百万の子供達の事だけでなく、気持ちを表す術のない、読み書きの出来ない何百万の子供達の声にも耳を傾けていただけたら幸いです。彼らの声に耳を傾け、彼らに読み書きを学ぶ時間と機会をお与えください。自分の気持ちを伝えられる事で、彼らは自らの生活をより良いものに、そして生まれに定められた貧困から抜け出す事が出来るのです。

I feel a little sorry for you. And I guess I've done exactly what I said I wouldn't... Asked you to help with adult problems and solve some of the greatest worries we have for our children. I promise to leave some extra port and mince pies for you!

わたくしはいくばくかの反省を禁じ得ません。わたくしは、大人として不適切とお伝えした事をしてしまったのかもしれません….大人の問題と、子供達に関する不安の解決をサンタクロース様にお願いしてしまったのですから。
ポートワインとミンスパイをあなた様の為に残しておくことをお約束しましょう。

Lots of love
Benedict x 
愛を込めて

ベネディクトより (一片の接吻をそえて)

P.S. Please could I have that lightsaber now? 

追伸:すみません、やはりわたくしにもセイバーを一振り、頂けませんでしょうか?


オリジナル

2015年12月1日火曜日

[コラム] ノスタルジア


ノスタルジア
nostalgia
異国にいて,離れた故郷を懐かしむ気持ち。郷愁。望郷心。ノスタルジー。



フランスでプロ・サイクリストとしてのキャリアを開始した時デイビッド・ミラーはフランス自転車界に代々伝わる”Le Métier”という言葉をはじめて聞いた。
彼は語る。
Le Métierが他の単語と違うのは、こいつはダイレクトに英語に訳せない事だ。辞書でもさっぱりなんで、最初の年どころかその後数年経っても、俺はLe Métierという単語が何を意味するのか本当のところからっきしだった。後になって、Le Métierの本当の意味が分かった時、俺はその言葉が大嫌いになった。
 当時のフランス自転車界の時代遅れでかび臭い世界の中では、全てにきちっとした科学的裏付けがある近代的トレーニングは、俺とは無縁の世界だった。Le Métierはそんな時代遅れのフランスに残った迷信、前世紀の遺物だった。つまりは、”サイクリング世界の偉人達(訳注;コッピ、バルタリの世界から、アンティクル、メルクス)はこうやってレースをしていた。だからお前達も、偉大な先輩達ときっちり同じようにしなきゃいけない”って事。(中略)こういったくだらねぇ、かび臭ぇ迷信、そんな古くさいプロ・サイクリングの世界が俺は大っ嫌いだった。
 

Le Métier - プロサイクリストの1年 :デイビッド・ミラーによる序章 より

だがキャリアを積んでいくにつれて彼の気持ちは変わっていく。
10年が経ち、いくつかのフランスチームと、他の国のチームを渡り歩いて、俺は少しづつ、大嫌いだったかび臭い迷信達が持つ本当の意味が分かりだしてきた。そしてその言葉に感謝するようになった。
 Le Métierが持つ本当の意味は、犠牲を払う事(sacrifice)、智恵を絞る事(savoir-fair)、そして情熱を持つ事(passion)。これが、この競技がライダー達から人生の全てを奪い、プロ・サイクリングを他のスポーツと決定的に違うものにしている呪文だ。そして驚く事に、科学的トレーニング万能の時代になり、いろんな科学技術が取り入れられ、そして流行のメソッドをプロサイクリングの世界が取り入れてきた現代において、Le Métierという言葉が持つ価値観はなんら変わらず、それどころか、その本当の価値は輝きを増している。
 Le Métier。そいつは伝統、経験、プロ・サイクリングの歴史が蓄えた英知だ。
(中略)
 大っ嫌いだったこの言葉も、今では俺達の宝物だ。

Le Métier - プロサイクリストの1年 :デイビッド・ミラーによる序章 より

引退した彼が自分のキャリアを振り返り、最も印象的だったレースに挙げたのは輝かしい勝利ではなく、結果には残らなかったが自身の、そして当時のチームメイト全員が最高のパフォーマンスを発揮出来たと語る2009年ツールのモンペリエでのTTTステージだった。
ウィゴのアワーレコード達成後の祝勝パーティーで奴に聞いてみたんだ。アワーレコードってどれだけキツいんだ?ってね。奴はこう答えた。
「キツかったよ。でもあのモンペリエのTTTほどじゃない」
あれはオレ達のキャリアで一番のキッツい一幕だった。オレ達のやった途方もない馬鹿はそれだけ気の知れたダチ同士だったから出来たんだ。そのステージでオレ達の絆はそれまで以上に深まったよ。このステージの事を本に書く機会が持てて嬉しい。あそこにいた5人の馬鹿全員に覚えておいて欲しいからな。いつかあの時の馬鹿5人でモンペリエに行ってみたいんだ。

Rouler ISSUE 57 デイビッド・ミラーの肖像 より
ミラーがこのステージを最高の思い出に挙げたのは、恐らくTTTという形態故ではないだろうか。最後に一人の勝者を送り出す通常のステージと違い、TTTはチームメイト同士が密接に強調しあい、そしてその結果は全員で享受される。チーム全体が有機的に一体となりTTTを行った時の高揚感、そして安心感とはいかほどのものだろうか?その快感は論理ではなく、人の生物としての本能で感じるもの、ほとんど性的な興奮に近かったのではないかと想像される。

若き日の彼が嫌った”Le Métier”という言葉が表す三つの要素。

犠牲を払う事(sacrifice)
智恵を絞る事(savoir-fair)
そして情熱を持つ事(passion)

それらがいかに人々を高みに上げるかを具体的な形で彼が感じられたのが、この2009年のモンペリエだったのだろう。

権威や伝統に反攻するのは若者の特権である。しかしいかに非科学的に見えようとも、輪闘百年の歴史で受け継がれる習慣やメソッドには、やはり科学を越えた真実があるのだ。
18世紀のイギリスの詩人、アレキサンダー・ポープはこう語っている。
自然は汝の知らぬ技術で、
全ての偶然は汝には見えない掟なのだ。
一切の不調和は汝の理解を超えた調和で、
部分的な不調和は汝の理解を超えた調和で、
部分的な悪は全体的な善なのだ。
思い上がりや、誤りやすい判断にもかかわらず
一つの真理はとても明白である。
「全てこの世に存在するものは(存在しているというそれだけで)正しいのだ。」
"Whatever is, is right"

-Alexander Pope(1688-1744)
百年の歳月が流れ、数多の改良が加えられ科学的なトレーニングで効率的に人が強化されようとも、人を魅了する「輪闘(サイクリング)」という魔性の本質は変わってない。テクノロジーも、そしてドーピングでさえも、歴代受け継がれる”Le Métier”という聖杯の入れ物に過ぎないのだ。そしてそれ故に、サイクリングは二つの大戦を乗り越え、次世代へ受け継がれてきた。

キャリアの終盤になってやっと”Le Métier”の意味を見つけたミラーは、結果的に自分が愛した世界から捨てられる事となった。
”Le Métier”を感じ合った仲間達は次々とこの世界を去って行く。



ヘシェダルはオレと共に戦った最後の同期だった。VDVもオレを残していっちまった。ザブリスキーも…。一人ぼっちで残されて突然オレは悟ったんだ。オレはバイクが好きでこのスポーツをやってきたとずっと信じていた。でも実際には、オレは一緒にいた仲間が好きだったからバイクにずっと乗ってこれたんだ。奴らがいなくなった今、オレは前と同じ情熱で自転車に乗れなくなってしまった。オレはバイクじゃなくて腐れ縁が恋しかったのさ
(中略)
この世界で、オレは生涯のダチだと思える奴らがいる。でも、そうはなぜだかそうは思えない奴もいる。そういう事だ。

Rouler ISSUE 57 デイビッド・ミラーの肖像 より

恐らく自分のキャリア最後の年の一大イベントとしてツールを考えていた彼にとって、仲間と思っていたチームの選択は裏切り以外の何者でもなかったのだろう。正直、傍から見ているこちらが引くぐらいに、1年以上経過した今でも文句を言い続けている。

それはある意味、大人として醜く見苦しい態度だ。でも、同時に驚く程正直な行為でもある。
「どうしようもない事」だとは分かっているのだろう。
それでも、彼は愚痴を続ける。
まるで返答のない留守電を延々残すかのように。応えのないノックを延々と続けるように。

「大人になる」事は、同時に「人と別れる事」でもある。
成長するに従って、我々は友人と別離し、恋人と別れ、離婚したり、死別したりする。
時間の経過でその事実を我々は受け止める事が出来るようになるが、ときには受け止められず、虚しくノスタルジアに語り続ける。

死別した相手とはすでに世界が違う。そして別離した相手ともすでに世界が違う。

「わたし」の居場所に「あなた」はおらず、「あなた」の居場所に「わたし」はいない。

ノスタルジアとはこの相まみえない平行宇宙から生まれるのだろう。
我々は過去に戻りたいわけではない。ただ届かぬ電話をかけている間、その過去はまだ我々の心に「生きている」のだ。

それは確かに前向きな態度とは言い難い。
でも、アレキサンダー・ポープが言うように、もしもノスタルジアという感情に意味がないのであれば、人類の歴史の中でこの感情はとうに消滅していたはずである。

それが依然として存在し、そして感じられるからには、そこになにがしらかの存在意義はあるのだ。




Rouleurのインタビューの翻訳をしている間、Adeleの新しい曲、”Hello”がリリースされ、繰り返し聞いていた。
偶然にもこの曲のテーマはノスタルジアだった。過ぎ去った過去に虚しくHelloを言い続ける、という曲。Adeleはインタビューでこう語っている。



「前のアルバムは<別れ>についてのアルバムだった。もしこの作品を形容するのであれば、<償い>のレコードと呼びたい。自分自身、失われた時間、そして私が今までにした事や、してこなかった事に対して。」


billboard-japan



Youtubeでのこの曲の再生回数は5億回に達し、アルバムは93年以来の記録を達成しているという。一見、地味でそして後ろ向きといってもよいこの曲にこれだけの人がシンパシーを感じているのだ。

この詩はミラーのインタビューの内容と奇妙に一致している。
我々は過去を引きずり、ほの暗い暗闇を抱えながら生きている。
捨て去る事は出来ない。いつか飲み込む事は出来るかもしれない。
それもまた、ポープが言う神の調和なのだろう。











"Hello" 



Hello, it's me
もしもし、私だけど

I was wondering if after all these years
You'd like to meet, to go over everything
考えていたの。何年も経っているのに今でも会いたいと思ってくれているのかなって やり直そうとしてくれるのかなって

They say that time's supposed to heal ya
時間が解決してくれるって言うじゃない?

But I ain't done much healing
でも、私は今もまだ引きずっている

Hello, can you hear me?
聞こえてる?

I'm in California dreaming about who we used to be
今、カリフォルニアにいるの。あの時の私達を思い出しながら

When we were younger and free
私達若かったし馬鹿だったね

I've forgotten how it felt before the world fell at our feet
足元から世界が崩れ落ちたあの時、幸せだった時がどんなだったか今となっては思い出せない

There's such a difference between us
私達の心にはこんなに隔たりがあって、

And a million miles
私達の身体は100万マイルの彼方



Hello from the other side
世界の果てから呼びかけてみる

I must've called a thousand times to tell you
千回はあなたに電話したはず

I'm sorry, for everything that I've done
ごめんね。私はろくな事をしてこなかった

But when I call you never seem to be home
でも、いくたび電話しても、あなたはそこにいなかった

Hello from the outside
もしもし、あなたのいなくなった世界から呼びかけてみる

At least I can say that I've tried to tell you
I'm sorry, for breaking your heart
伝えようとはしたのよ。あなたを傷つけた事を謝りたくて

But it don't matter, it clearly doesn't tear you apart anymore
でも、今はもうどうでもいい音。確かなのはもう私があなたを苦しめる事はないって事だけ



Hello, how are you?
元気にしてる?

It's so typical of me to talk about myself
私、自分のことばかり話す癖、変わらないでしょう?

I'm sorry, I hope that you're well
ごめんね、でもあなたが元気にしていてくれたら嬉しい。


Did you ever make it out of that town
Where nothing ever happened?
あの町から出る事は出来たのかな?
あなたの嫌いだったあの何もない町から

It's no secret
That the both of us are running out of time
わかりきった事だけど、
私達には残された時間はもうないのね。




Hello from the other side
あなたがいなくなった世界からかけているの

I must've called a thousand times to tell you
千回は電話したはず。

I'm sorry, for everything that I've done
ごめんね、私はろくな事をしてこなかった

But when I call you never seem to be home
電話してもあなたはいつもそこにいない

Hello from the outside
わたしのいない世界へ電話してみる

At least I can say that I've tried to tell you
I'm sorry, for breaking your heart
伝えたかったの。あなたを傷つけた事を謝りたくて

But it don't matter, it clearly doesn't tear you apart anymore
でも、今はもうどうでもいい事。確かなのはもう私があなたを苦しめる事はないって事だけ

Ooooohh, anymore
Ooooohh, anymore
Ooooohh, anymore
Anymore

もうこれ以上
もうこれ以上
もうこれ以上
もうこれ以上


Hello from the other side
あなたのいない世界から電話してる

I must've called a thousand times to tell you
千回は電話したに違いない

I'm sorry, for everything that I've done
ごめん、私のした事全て

But when I call you never seem to be home
電話しても応える人は誰もいない

Hello from the outside
もしもし、私のいない世界

At least I can say that I've tried to tell you
I'm sorry, for breaking your heart
伝えようとはしたのよ。あなたを傷つけた事を謝りたくて

But it don't matter, it clearly doesn't tear you apart anymore
でも、今はもうどうでもいい音。確かなのはもう私があなたを苦しめる事はないって事だけ











Writer(s):
Adele Adkins, Greg Kurstin
(拙訳)












2015年11月24日火曜日

[翻訳]デイビッド・ミラーの肖像 (Rouler ISSUE 57) part 3/3

-> part 1/3
-> part 2/3


The Montpellier team time trial at the 2009 Tour: I’m glad you had that down as one of the proudest racing moments of your career. It’s also one of my favourite stages – total chaos, teams flying off the road on the same right-hand corner. To name it as one of your highlights, for a stage you didn’t win, was interesting.
2009年ツールでのモンペリエのチームタイムトライアルステージ。君がこのレースをキャリア最高のレースに(本で)挙げてくれたのが嬉しいよ。このステージは僕ももっとも好きなレースの一つなんだ。ひっちゃかめっちゃかなTTTで、多くのチームは同じ右コーナーでコースアウトした。君が勝利していないレースをキャリア最高の瞬間に挙げるなんて興味深いね。

[The Garmin team was down to five riders by the halfway point: time-trial specialists Millar, Wiggins, Zabriskie and Vande Velde smashing away on the front, while Hesjedal clung on for dear life at the back. They lost to Astana by 18 seconds]
(2009年モンクティエでのTTTでは、ガーミン・チームはコース半ばで残り5人になっていた。チームのTTスペシャリスト集団であるミラー、ウィギンス、ザブリスキー、ヴァンデヴェルデはチームを強烈に牽引した。一方、ヘシェダルは命からがら最後尾に食らい付いた。チームはアスタナに対して18秒失った)

(※訳注 2009年当時のチーム呼称はWikipediaによるとガーミン・スリップストリームとなっている。同年のジロはガーミン・バラクーダになっている。アルベルト・コンタドールとアンディ・シュレックが激闘を繰り広げ、別府史之、新城幸也が初出場で素晴らしい成績を収めた日本人に馴染みの深いツールである。)

At the party after the Hour record with Bradley, I asked him how hard it was. He said it was hard – not hard like Montpellier though…
ウィゴのアワーレコード達成後の祝勝パーティーで奴に聞いてみたんだ。アワーレコードってどれだけキツいんだ?ってね。奴はこう答えた。
「キツかったよ。でもあのモンペリエのTTTほどじゃない」

It is the toughest thing any of us have ever done. What we did was ridiculous. Because we were such good friends as well, we went deeper than we could have done otherwise. I’m glad the book has given me an opportunity to write about it, because I wanted us to remember that. I want the five of us to go back to Montpellier one day, go for a bike ride on the same course, then have a long lunch. That would be really cool.
あれはオレ達のキャリアで一番のキッツい一幕だった。オレ達のやった途方もない馬鹿はそれだけ気の知れたダチ同士だったから出来たんだ。そのステージでオレ達の絆はそれまで以上に深まったよ。このステージの事を本に書く機会が持てて嬉しい。あそこにいた5人の馬鹿全員に覚えておいて欲しいからな。いつかあの時の馬鹿5人でモンペリエに行ってみたいんだ。バイクで同じコースを走ってみて、その後でダラダラ長いランチを食べて思い出話に花を咲かせる。なかなか洒落た趣向じゃねぇか?




Missing that last Tour de France due to not being selected because of illness leading up to the race: is that still raw, not being there?
病気によりキャリア最後のツールドフランスに選ばれなかった屈辱は、まだ記憶に生々しい?最後のツールにいられなかった事が。


It still makes no sense to me. That’s what it is. It doesn’t add up.
オレが外された理由は今でも分からない。そういう事なんだよ。答えはまだ出てねぇんだ。

You are confident you were fit enough to come good during the race?
最後のツールに向けて体調面ではなんの問題もなかったと?

I was already feeling fine on the Thursday before the start in Yorkshire. I was 76kg, I was strong, I’d stopped coughing. Sure, if it was another rider you might not take them, but I’ve done this before. I know what I’m doing.
ヨークシャーのスタート前の木曜日には既にオレの容態は回復していた。その時の体重は76キロ。絞れていてキレキレだったさ。もう咳も出なかった。確かに、もしこれが他の選手だったなら、あの状況下で選ばれない事もあるだろうさ。でもオレはその前にもツールに出た事がある。出来るって分かっていたんだ。

So I am very raw with Charly [Wegelius] still. I think it was very unkind, what he did to me. I said to myself: what would Matt White do? He’d have taken me, even if I was coughing the night before the race. He was my friend.
だからオレはまだチャーリー(ウェゲリウス)にはわだかまりがあるのさ。奴がオレにした事には人情ってモノがない。いろいろ考えてみたんだ。マット・ホワイトだったらどうしたろう?レース前の夜に咳をしていたとしてもオレを選んだんじゃないかな。だってダチだし。

And the same with Dave Brailsford and the [2014] Worlds. I had a broken hand, but he wasn’t going to take that away from me.
2014年の世界選でのデイブ・ブレイルスフォードもそうだ。オレはあの時、腕を骨折していた。でも奴はオレを降ろそうとはしなかった。

The rationality of the Tour decision just didn’t make sense to me. And I think Charly did it to empower himself within the team; to show he could make a big decision and shift the power. It was a political play by him.
ツール選抜の根拠なんてオレには分からないさ。でも、チャーリー(ウェゲリウス)はチームでそれだけの権限を手に入れて実行したはずだ。奴がそれが出来る事、そして奴がオレに誰が今権力を持っているのかを見せたって事は、それは奴の権力闘争の一貫だったのさ。

I’d have been fine for the Tour and then fine for the Commonwealth Games too, and Charly took them away from me. And Jonathan [Vaughters] and Doug [Ellis] didn’t have the courage to override the decision.
オレはツールやイギリス連邦戦(Commonwealth)への準備はバッチリだったんだ。でもチャーリー(ウェゲリウス)はその機会をオレから奪った。そしてジョナサン(J.V.)とダグ(エリス)も奴の決定を覆すだけの肝っ玉がなかったのさ。

Are you still blanked by the team management?
今でもチーム運営には関わってないの?

Even Jonathan Vaughters. When Ramunas [Navardauskas] won, I sent a message congratulating him, because he was my replacement. And I sent an email to Ramunas before the Tour saying if anybody is going to take my place there, I’m so glad it’s you, and I think you will win a stage. Do it for me.
J.V.ですら関わってない。ラムナスがツールで勝った時、オレはおめでとうのメッセを奴に送ったよ。奴はオレの代わりにツールで走ったからな。実はツール前にも奴にメッセしていたんだ。もしチームの誰かがオレの代わりにツールメンバーに選ばれるなら、お前だったらオレは嬉しいってさ。お前ならツールで勝てるって。そして奴はそれを証明してみせたんだ。(訳注:2014年ツール第19ステージ。逃げ)

And he did, and he dedicated it to me on that penultimate day. That’s what it’s about. Charly never got it. Jonathan doesn’t get it.
奴はやってのけた。そしてその2日後にオレにその勝利を捧げると言ってくれたよ。チャーリー(ウェゲリウス)はもちろん違う。J.V.にでもない。このオレにだ。

I have friends in the sport who will be friends for ever. But others who I don’t think will be, somehow.
この世界で、オレは生涯のダチだと思える奴らがいる。でも、そうはなぜだかそうは思えない奴もいる。そういう事だ。

So, yes, it’s a little bit raw! [laughing heartily]
だからさ、これはちょっと引くぐらいの生々しい話だったろ?(爆笑)




The big chunk of your final Vuelta towards the end of the book had the potential to be deadly dull – a stage-by-stage account type of thing – but you made it come to life on the page. Did you make notes as you went along?
自伝終盤に向けての最後のブエルタの章はとても単調になると思っていたよ。つまりステージからステージを描くレポート形式みたいになりがちだよね。でも君はこのチャプターをとても魅力的に描き出した。ブエルタではメモをずっととっていたの?

No. The postcards to my son were a massive help. And I tried to put Tweets in there as well. But the postcards were like historical notes, something to help me remember, and also my boys to remember. Because I love it all so much, it was very easy for me to recall it all and write it down. I made a conscious effort last year, knowing it was my last, to fix every moment in my brain.
いや。息子へ出したポストカードはとても助けになったけどな。それに日記の代わりに毎日ツイートしていた。でも息子へのポストカードは言ってみれば思い出す時に引用出来る歴史書みたいなものだ。息子も覚えていてくれるからな。オレはポストカードを書くのが大好きなんだよ。書いていた時の事をありありと思い出して書き進められるんだ。
(訳注:手書きの日記の効能としてこの話はよく取り上げられる。書いてある内容(What was written there)だけでなく、文字の大きさや形(How were they written there)という多次元的なキーを持っているからだと思われる)
去年のオレは意識的にありとあらゆる事を覚えておくように努めた。これが現役最後に見る景色だと知っていたからな。見たモノ全てをこの目に焼き付けておきたかったんだ。

The thing I wanted to capture with the Vuelta, doing every single stage in the book, was it is 21 days long. This is what we do. I have done 24 of these [Grand Tours]. It’s a fucking long time. It is relentless. I wanted to capture the daily roller coaster, physically and emotionally, that is our life as pro bike riders.
オレがブエルタでやりたかったのは、21ステージの長丁場のひとつひとつのステージ全ての思い出を本に書き写す事だ。こういう事をオレ達はやってきたんだ。オレは24のグランツアーを経験した。まったくクソみたいな長丁場さ。情けの欠片もねぇ。オレはそのクソ共の全てを、日々の身も心もあなた任せのローラーコースターの有様を、この本に再現したかったんだ。
このクソこそがオレ達の人生。プロのライダー稼業って奴なんだ。




What do you miss most about not racing?
レースのどんなところが今恋しいの?

I don’t know yet. I’m still coming to terms with it. I’ll show you something. [A message on his phone from Zabriskie.]
まだ分からねぇな。オレはまだレースを走ってない自分と折り合いを付けている最中なんだよ。ちょっとこれを見てみな。(ザブリスキーからミラーのケータイに送られたメッセージを見せる)
(訳注:ザブのプライバシーとは)

I just asked him at the end, how are you doing? And his reply simply said: “Still not sure how I am.”  That sums it up. It’s the same for all of us. Nobody prepares you for it. All you have ever done is raced. None of it was normal. It became normal, but it was extraordinary and we didn’t realise.
引退した奴に何の気なしに聞いてみたんだ。「どんな具合だ?」って。こいつが奴からの返事さ。ただ一言、

”まだどうしたらいいのか分からないよ”

この短い一言が全ての答えさ。これがオレ達ライダーの偽らざる気持ちだ。誰もお膳立てしてくれやしないんだ。オレ達の人生はレース一色だった。一欠片だってカタギ衆の生活じゃねぇ。オレ達は引退してちょっとづつカタギ衆の生活に馴染んでいくんだ。でもそいつは途方もない事だぜ。オレ達が想像すら出来なかった世界だ。




Do you look for something to replace the buzz, or is that not needed?
(引退した今でも)人の話題に上りたいと思うかい?それとももう注目を集めたくはない?

Not yet. I don’t have the time. I drive my car occasionally. That’s about the closest I get.
今んところはねぇな。時間もねぇし。時々ドライブするぐらいだ。(ネタになるとしたら)最近買ったクロゼットの話題ぐらいのもんだな。



I get the feeling a lot of retired pro cyclists really look forward to a relaxed life at home with the family, but struggle to cope with it and can’t wait to get back on the road in some capacity, whether it be with a cycling team or something else.
多くの引退したプロサイクリストは最初は家族との安楽な暮らしを求めるものだけど、そういうカタギの生活に馴染もうとするうちに、血が騒いでレースの世界にふたたび戻りたくなるんじゃないかな。それがプロチームに所属してか、それとも別の形かは分からないけど。


By the time we get out of it, it’s like we are institutionalized. You’ve been de-mobbed. And then because we are scattered all over the world, we can never share it with anybody.
そうやって途方に暮れる時がくるほどに、オレ達はこのサイクリングという世界に飼い慣らされちまっているのさ。もうオレ達は引退しちまってお役御免だ。そして腹を割って話せるダチは世界中に散らばっちまっているから、オレ達はその気持ちを誰にも打ち明ける事が出来ない。



Make sure you organise that Montpellier get-together then.
で、君がモンペリエの馬鹿五人衆オフ会を計画するんだろう?

I would love to do that. Just got to wait for Ryder to retire. I think it would be massive for all of us.
やりたいねぇ。後はヘシェのリタイア待ちだな。(訳注:酷)すげー楽しい事になるだろうな−。



This should probably have been the first question, but why write this book?
もしかしてこれは最初に聞いておくべき質問だったかもしれないね。どうしてこの本を書いたのかな?

Because I have the good fortune of perspective – having had it and lost it when I was younger and got banned. With everything I did in the second part of my career, I was always very aware of how lucky I was. And I didn’t want to forget that.
それはオレがサイクリングっていうこの世界にどっぷりとじゃなくて、一歩引いたところから見る事が出来たからだ。若くてブイブイ言わせていた時、追放されていた時に、サドルの上からだけじゃなくて、遠目に見る事が出来た。オレはいつも思っていたよ。なんて幸運だったろうって。だからその引いた視点を忘れたくなくてこの本を書いたんだ。

It was almost closing a circle after [first book] Racing Through the Dark and the whole doping era; to be able to write the book that I always wanted to write about bike racing, not doping. I feel I have done that, paid my dues, fixed everything I broke.
最初の本はオレの幕引みたいなものだった。ドーピングまみれの暗黒のレース時代のな。そして次の本を書く為のだ。ドーピングじゃない、純粋にレースの事を書きたかったのさ。オレはやっとこの渡世に借金を返し、そしてオレが壊しちまった全てを元通りに出来たって気がするよ。

So I have done this for myself, first and foremost. I see how ex-bike riders forget what it was like. My boys will have something next to Racing in the Dark, which was also what their dad did…
だからもっとも重要な事は、この本をオレがオレ自身の為に書いたって事だ。引退したライダー達は大抵は自分はなんで走っていたのか?レースのどんな所が好きだったのか忘れてしまう。息子達も暗黒の時代の次にパパが見つけたものをいつか分かってくれるだろうな。

That was very important for me, and for Christian and Dave and Ryder. This is what we did. Our time.
純粋なレース、バイクの魅力。オレにとって一番大切な事だ。クリスチャンにも。ザブリスキーにも。そしてヘシェダルにも。これがオレ達が、オレ達の時代にしてきた事なのさ。



A fitting final question for you, I think: what’s the best post-race party you have ever attended?
君にふさわしい質問を最後に用意したよ。君が出席した中で最高のツールのアフターパーティーはなんだい?

My first Tour de France party. My sister organised it at Les Bains Douches. I was 23, she was 21. We had the coolest club in Paris and Jean-Maris Leblanc was handing out invitations for me on the Champs Elysee to the podium girls. It was cool as fuck, just the best party.
オレが最初に参加したツールのパーティーだ。オレの妹(フラン)がレ・バン・ドゥシュで仕切った。オレは23、妹は21だった。イケてるパリのクラブを借り切ってな、ジャン・マリー・ルブランはシャンゼリゼのポディウムでオレの為にシャンゼリゼのポディウムガール達にも招待状を配ってくれた。まったくイカれていてクールで最高のパーティーだったな。

I remember being there with my best friend Harry at seven in the morning as they were cleaning up around us, and we were still drinking. We’ll never beat that. It was old school. Proper.
ダチのハリーと朝の7時まで会場に残ってのんでいたのを覚えている。店の奴ら、オレ達の周りで掃除をはじめやがったけどお構いなしさ!あんな事は2度とないだろうな。時代遅れのカウボーイって奴だね。









(fin)


オリジナル

2015年11月12日木曜日

[翻訳]デイビッド・ミラーの肖像 (Rouler ISSUE 57) part 2/3

-> part 1



I saw an interesting question on Twitter last week: What does a road captain do? Your book provides the answer, in fascinating detail. Run it by me.
先週、Twitterで面白い質問があったよ。
「ロードチームのキャプテンってどんな仕事なんですか?」
君の本はこの質問に素敵な答えを提示しているね。説明してくれないか?

In football, being captain is like a figurehead, wearing the armband, saying a few words in the changing rooms, that sort of thing. As a road captain, we don’t do big speeches, it’s not a motivational job, but very practical. It’s more military: you have to rally the troops, be aware of everything that is going on, what the other teams are doing, how your riders are doing, what their condition is, whether the pre-race plan is going to be adapted, and if it’s going to be adapted, how do we adapt it.
サッカーでは、キャプテンはまぁ名誉職みたいなものだ。キャプテン印のアームバンドをつけて、一言二言ポジションの変更を指示、そんな感じの仕事だな。ロードレースのキャプテンには立派な助言はいらない。そいつは誰もが憧れる仕事っていうよりももっと現実的な仕事だ。軍隊の仕事に近い。部隊を集めなくちゃいけない。状況にいつも気を配らないといけない。他のチームがなにをしようとしているのか、自分のチームのコンディションはどうか?ミーティングでの計画はうまくいきそうか? そいつがうまくいきそうなら、オレ達はどうやってうまくやり遂げるか?
You might need to strike a deal with another team’s captain, pull in a friendship favor, negotiate. It is a very full-on job. There’s no time off anymore in a race. When done well, it makes a massive difference to a team.
他のチームのキャプテンと取引が必要な時もある。他チームと良好な関係を築き、時には駆け引きもする。まったく目眩がするほど忙しい仕事だ。レース中、気が休まる時間なんてない。でもうまくやり遂げたら、そのチームは大化けするんだ。
I kind of grew into the role. We had never even called it ‘road captain’ before. It was something that the older guys in the team did but without a formal title. And now it has become the norm. It used to just exist. The oldest, smartest guy on the team would be the one to make decisions. You are the conduit, if you like, between the team car, the tactics and the actual riders. You can’t rely on the radio.
オレはその役割でこの世界でなんとか育った。以前は「ロード・キャプテン」なんて呼び名はなかった。チーム内の一番のおっさんがいつの間にかその役割をしていたんだが、正式な名前なんてなかったよ。



Having ridden most of these races many times over must give you invaluable insight too: where it is going to kick off, what the danger points are.
そういう先輩レーサー達と走った経験で、君はいろんな洞察力を得たというわけだね。攻め時はどこか?ヤバい時はどこか?という。

Exactly. You need experience and you also need somebody who has had great results, who has raced at the sharp end, been there and done it. It helps to have been a leader. Ex-domestiques don’t tend to handle the stress as well.
その通り。結果を出し、レース終盤までキレを保ち、ただそこにいるだけで意味のある選手を見習うのさ。そしてその男を見習う事で、また自分もリーダーになっていく。アシスト上がりのリーダーだと、キツい状況での判断が出来ないからな。



That road captain aspect seems to carry over to your TV punditry work. If anybody has said anything bad about it, then I haven’t heard it.
そのキャプテンとしての経験が、君のレース解説に深みを持たせているように見えるね。君の解説について悪い意見はついぞ聞かないもの。
(超訳すると、ここに(棒)を加えたい)

That has been really good for me. I enjoy it so much, and I guess people can hear that. I have never actually watched a bike race before this year! I’ve been in them, doing it. Being lucid and not tired, I can see everything happening before it even happens. And that brought home why I was in the road captain role. There is a lot more to it than I thought. You do it for so long and take things for granted. And you think: “Yeah, I raced 1,087 times professionally. I do know every single race and how it will unfold.”
解説の仕事は良い経験だよ。
楽しいし、視聴者も楽しんでくれていると思う。去年までロードレースをテレビで見たことなんかないからな!去年までは中の人だったしな。実際に楽しみながらレースの状況を見る事が出来るし、次になにが起こるかが事前に分かる。そうしていると、何故オレがキャプテンの役割をしていたかが分かるんだ。「オレはプロとして1087回のレースを戦った。どのレースも馴染みだし、どうやってケツを拭くのかまでバッチリ分かるぜ」



How do you know that race day statistic? That’s random…
当日のレースの作戦はどうやって知るのかな?ランダムに決定されると思うんだけど..。

I saw it on Twitter once. It also had my team-mates I had raced the most with. Ryder Hesjedal was first, David Moncoutié second, Christian Vande Velde third. No wonder me and Ryder are so close: we have done something like 250 race days together.
以前はTLでチェックしていたな。一緒に長く走ったチームメイトがいると考えている事は分かる。ヘシェダルが一番長くて(※本妻)、モンクティエが二番目(※2号)、三番目がVDV(※内縁の妻)だ。ヘシェとオレが考え方が近いのも不思議じゃない。オレ達は250のレースを一緒に走ったんだからな。



What is it about certain races that makes your heart sink when you see them on the programme? The hotels? The food?
レースの予定表に載っていて、君がそれを見る度にがっかりするものはなんだろう?特定のホテル?食べ物?

And the weather. Or that the race itself is going to be stressful. The Giro always had that effect on me. It was just horrible, the whole experience…
加えていえば天気だろう。また時にはそのレース自体がストレスの元になる。ジロにはいつもイライラさせられるよ。思い出をひっくり返しても嫌な思い出しかないね。



But the journalists love it!
でもジャーナリストはジロが大好きだよ?

I just never had a strong affinity with Italy. I love France, I love Spain, Belgium is quirky, Switzerland and Austria are beautiful, but Italy just never clicked for me.
オレはイタリアとは馬があわねぇんだよ!フランスが大好きさ。スペインもな。でもイタリアだけがオレのハートに火を灯す事はなかったんだ。


(続く)

2015年10月23日金曜日

[翻訳]デイビッド・ミラーの肖像 (Rouler ISSUE 57) part 1/3

15.10.15
Portrait: David Millar
FROM: ISSUE 57
WORDS
Ian Cleverly PHOTOGRAPHS
Offside/L'Equipe

In conversation with David Millar on his new book The Racer, centred around his final season of an 18-year professional career – a celebration of life on the road 
デイビッド・ミラーの18年に渡るキャリアの最終のシーズンを描いた著書「ザ・レーサー」に関するインタビューより。




Eighteen years as a professional cyclist. Did you envisage that when you started?
プロ・サイクリストとしての18年のキャリアだったね。君がプロとして走り始めた時、これほど長く続けられると思っていた?

No, because when I started, riders were retiring at 32 or 33. As my career went on, it became more of an accepted thing to keep going. Plus, having the two-year ban refreshed me, I think. It was like a renaissance.
そんな事はない。オレが駆け出しの頃、選手は32か3で引退するのが常識だった。オレが選手を続ける間にその常識は曖昧になり、もっと年をとった選手も走る事が出来るようになった。まぁ、ルネッサンスみたいなもんが自転車の世界で興ったのさ。

There are only so many years you can ride at that level, I guess.
トップレベルを維持出来る時間ってそんなに長くないと思うけど。

Exactly. That’s what it is. You have a sort of credit and you use it up. Very few people go beyond 18 years, that’s for sure.
ご明察。だから「ルネッサンス」なんだよ。この世界の中でオレ達は預金みたいなものを持っている。そいつを使い切ったら終わりなのさ。18年以上続けられる奴なんてほとんどいない。賭けてもいい。

Is it the body or the head that gives up first?
走っている時、心と身体はどっちが先に悲鳴をあげるの?

Oh, the head for sure. You can’t suffer as much; you can’t hurt yourself. You get to a point where you have lost that chip off your shoulder and that deep down need to fuck yourself up. I think it happens to all of us eventually. Thankfully.
あぁ、もちろん心さ。身体の痛みには耐えられても心を麻痺させる事は出来ない。肩を脱臼してもなお走る所までは選手なら誰でも経験があるんだ。そこからどれだけ自分自身をファック出来るかが勝負の分かれ目だな。全ての選手はキャリアの中で必ずこういう経験がある。まったくありがたい商売だぜ。

Does self-preservation come into it too – fear of crashing – once you become a parent and have other responsibilities?
自分の身をかばいたくなった時はない?レース中のクラッシュが恐ろしくなった事は?例えば子供が出来て親になって、自分の身一つじゃなくなった時に。

A little bit. But it’s the training that becomes hard. I lost my edge with my racing last year, but it was the training that went first. But the sport has got more dangerous as my career has gone on anyway. There’s more crashes than there have ever been. It’s pretty messed up now.
少しはね。でもトレーニングはどんどんハードになっていった。去年、オレはキレを失ってダサい事になっちまっていたが、そんな時にもトレーニングは最優先だった。でも、オレが現役でいる間にこの競技の危険性どんどんは増して、最近では経験がないぐらい大きなクラッシュが多い。今はちょっと余裕ないよな。

There’s a chapter in the book where you describe the notion of “flow”, where riders move freely around the peloton, going about their work. That seems to have been lost.
あるチャプターの中で「フロー(流れ)」という表現を使っているね。選手が自分達の仕事をする為にプロトンの中で自由に動いている、という箇所で。そういう「自由」で「流れるような」ムードは今のレースシーンでは失われてしまっているように見えるね。

Everything is so robotic now. It’s a self-perpetuating cycle: the more crashes there are, the more teams are ordered to be at the front; the more teams at the front, the more stressful it becomes and the more crashes there are – an infinite loop. Before, there was much more flow, two or three riders per team floating around at the front.  
今では何でもロボットのようなもんだ。こいつは悪循環なんだ。-ヤベぇクラッシュが発生する -> チームはそれを避ける為に先頭に陣取るように命令する -> たくさんのチームが先頭にわっさわっさと集まる -> 先頭はギッチギチなんでピリピリで余裕がねぇ、-> そしてクラッシュ発生! 無限ループってわけさ。
以前はもっとフロー(流れ)があった。各チームから2,3人の選手が先頭に出張って、流れるようにプロトンを仕切っていた。今はそのフローがない。


You’re not saying this as an old timer, are you? In that “it was so much better in my day” way?
君は老害的にそう言っている訳じゃないよね?引退したベテランがよく言うように「昔は良かった」的な感じに。

No, I’m not. It has just changed, simple as that. It’s different. Every race is important now. There are not days when you have training races, the season following arcs of condition. Now there are riders in amazing shape from January to October. I’m sure it will find some balance eventually, because the change has been so rapid, but it may take a while.
違う。確かにプロトンのルールは単純に変わっちまったのさ。今では全てのレースが「最重要」だ。昔と違ってトレーニングとして「捨てて」走るレースなんかない。シーズンを通して高いコンディションを維持する必要がある。今ではどいつもこいつも1月から10月までキレッキレに絞ってなきゃいけない。賭けてもいいが、ここまで余裕がねぇと必ずどこかでツケは回ってくるぜ。あまりにも急激にいろんな事が変わっちまったからな。でも、もうちょっと先の話さ。

Plenty of people from my generation like to hark back to a time when riders rode everything going and competed flat-out all season long, but it was different in so many ways.
僕の世代の多くのサイクリングファンは、選手達がコースを問わずどんなレースでも競いあって、シーズンを通して戦った時代を懐かしんでいる。(訳注:イノーやメルクスのように平坦、山岳、クラシック、グランツールと全てに強いチャンピョンのいた時代)でも、いろんな意味で今はそんな時代じゃないよね。

It was easier then. Races weren’t as fast for one thing. They were doing bunch sprints on 52x14 gears in the ’60s. I can time-trial on that now! They weren’t exploiting their full potential back then. Now, in order to win, you have got to tap into everything you have got. That’s just the way the world is now: everything is so finely tuned.
昔はもっと物事が単純だった。選手は一つの分野に特化している必要がなかった。60年代の選手は多くのスプリントを52x14のギアでこなしていた。オレがTTで使うギアだぜ? 当時は勝つ為にピンポイントで力を出し切って爆発させる必要がなかったのさ。今じゃ、勝つ為には持っている全てを瞬間に出し切らないとダメだ。今じゃこの業界はそんな感じなのさ。全てが最適化されすぎて余裕がないんだ。
It’s nice that someone like Brad can do Paris-Roubaix, for instance, but you have got so much more to lose that you have to gain. Doing it in your final year, like Brad did, is the only way.
例えばウィギンスが最後のレースとしてパリ・ルーベを走ったように、勝てる見込みのない負け戦でこそ見つかる何かがあるんだ。それが許されるのは今や自分の引退シーズンのみなのさ。

The Grand Tours have gone over the top in making increasingly harder parcours, don’t you think?
今じゃグランツールを走る事は、最高難度のパルクールに挑むよりはるかに厳しい。そう思わないか?
(訳注:パルクール:市街を走りビルの間をジャンプするスポーツ。日本人の感覚で言えばサスケや風雲たけし城か)

The harder you make it, the worse the racing generally becomes. It just becomes attrition. There is only so much your body can do. If you want proper bike racing, make it short, in a way that our bodies can use tactics, rather than massive amounts of training and genetics. Hopefully, race organisers will start to wake up to that. Some of the best races we see are not on the hardest courses, because riders can use tactics. Otherwise, it might as well be Ironman triathlon… and no one wants that.
選手達ががんばればがんばるほど、この世界はだんだん悪くなっていった。一人の選手が出来る事はもうほとんどない。プロトンは段々ギスギスしてきた。もし正しい方向にレース戻したいなら、手短に言って、選手一人一人が考える事だ。膨大なトレーニングや才能なんかより大切な事だと思う。レースの主催者達がそれに気付いてくれる事を祈るよ。そうじゃなければ、オレ達のやっている事ってロードレースじゃなくてアイアンマンレースやトライアスロンになる。ロードレースのファンは誰もそんなものを見たくないだろう?

No, nobody wants that… Do you see any hope for the maverick racer in the coming years, or has their day passed?
そうだね。誰もそれを望んではいない。昔のように、「輪聖」と呼べるような異端で突出した選手が今後現れる事はあるんだろうか?それともそういう英雄の時代は過ぎ去ったのかな?

I think we have got the ultimate maverick racer in Peter Sagan. It is possible. He should be the archetypal role model. We have got one of the greatest bike racers that ever lived in Peter Sagan. You can see how much fun he is having. That’s a great role model. And that’s a good story: keeps chipping away all year, doesn’t quite do it, but then lands the big one at the end and becomes a fitting world champion. There’s a good moral there.
ピーター・サガンの中には輪聖にあいふさわしい血が流れていると思う。過去の輪聖達のような高みに登る事も可能だろうね。彼は後の世に語り継がれるロールモデルになるべきだ。歴代の輪聖に連なる才能が彼の中にはある。奴はいろいろ面白いだろう?なかなか洒落た筋書きになると思わないか? 毎年確実に成長し、その歩みを止めない。そして最後には、自転車の世界の頂点に君臨する輪聖として、その身に纏ったアルカンシエルの戦衣に相応しい器となるんだ。後世のお手本になるような燃える展開じゃねぇか?


Was it a bit strange towards the end of your career, being on the bus with 20 year olds and being the old man of the team?
キャリアの最後の方で、ハタチのワカモノと一緒にバスに揺られてどうでしょうしているのを不思議に感じなかった?チームの最長老になった事とか。

It was a bit, especially with the massive shift in the sport in recent years, from the doping years to what are effectively now the clean years. When other guys started retiring, I realised that what we went through made us who we are – we saw shit, we had experiences. Then those guys are gone and you are left with all these young guys. And I don’t fit in to that world in a sense: we don’t share the same experiences; we don’t have the same history.
ちょっとはね。特にドーピングが当たり前だった時代から、実質的に「クリーン」と呼べる近年への目まぐるしい流転の中でそう思う事はある。同期の奴らが次々とリタイアし始めた時に気が付いたんだ。世間様は「オレ達がしてきた事」を通してオレ達を見ているって事に。オレ達はクソにまみれてクソをたくさん経験してきた。オレと一緒にクソにまみれていた同期はどんどん去って行って、気が付いたらクソにまみれたオレは一人、クリーンなワカモノ達の中にぽつんと取り残されていた。オレはどうしても新しい世界に心から馴染む事が出来なかった。ワカモノ達はオレが見たクソを見ていない。違う世界を見ているのさ。
So Ryder [Hesjedal] was the last guy still racing last year. VDV [Christian Vande Velde] had gone, Zabriskie… all of a sudden you feel, maybe I did this sport because I Iike my friends, and without them, it doesn’t feel the same anymore, which is a lovely realisation.
ヘシェダルはオレと共に戦った最後の同期だった。VDVもオレを残していっちまった。ザブリスキーも…。一人ぼっちで残されて突然オレは悟ったんだ。オレはバイクが好きでこのスポーツをやってきたとずっと信じていた。でも実際には、オレは一緒にいた仲間が好きだったからバイクにずっと乗ってこれたんだ。奴らがいなくなった今、オレは前と同じ情熱で自転車に乗れなくなってしまった。オレはバイクじゃなくて腐れ縁が恋しかったのさ。
You go into the sport in a very selfish, driven way and I, especially, didn’t give a shit about making friends in pro cycling. But by the end of it, my best friends in the world are my pro cycling friends. So without them, I didn’t really want to do it anymore. But at least I had Ryder.
プロサイクリストになったのは自己顕示欲が強いコミュ障だったからだ。オレがそんなだったから、プロサイクリストを友達に持つなんて馬鹿馬鹿しいと思っていた。でも、この世界から脚を洗う事になってはじめて気が付いたよ。オレの一番のダチはプロサイクリングで同じ釜の飯を食った仲間だけだったって。ダチが皆いなくなった時、オレにはもうバイクに乗る理由がなかった。最後にはヘシェがいてくれたけどね。



(続く)

オリジナル

※英文は全てオリジナルからの引用


このインタビューを読み非常に興味を引かれて紹介したくなった。
同時に、インタビューという体裁はコンテキストがとても重要だと分かった。
会話文は多くのコンテキストに依存している。それは彼の今までのキャリアであったり、そしてこの場合は彼の著作「レーサー」であったりする。
筆者はデイビッド・ミラーという選手のキャリアについて特に詳しくはない。同時に翻訳という作業にも精通している訳ではない。言葉を日本語に置き換える段階で、オリジナルの英文を併記した方がよりインタビューの空気感を伝えられると判断した。
推測で置き換えた部分もあり、間違いは全て訳者の責任である。

ミラーが語っている時代の変遷、そして今のレースシーンの問題点は、10年ほどレースを見ている人は共感する部分が多いのではないだろうか?

状況は必然により変化をする。昔はノスタルジーで美化される事も分かっている。だけど、訳者がロードレースの中に感じていた牧歌的なムードは国際化とコマーシャリズムの波の中にいつしか消えてしまった。そして尚、大切な事に、目指す商業的成功はツールドフランスを除いては達成されていないどころか悪化しているのが現状である。

フェスティナ事件から続く負の連鎖はクリーン原理主義を生んだ。だが皮肉な事に、人間はクリーンな環境でその人間性を失いつつある。

ドーピングが根絶されねばならないのは、競技の中立性の担保という以上に、選手の人権と生存権の維持が必要だったからだ。

それを両立する為の道は険しく長く、そしてその達成は難しいかもしれない。

この世界は臭いものに蓋をする事で進んできた。

デイビッド・ミラーが語るshitを見つめなければいけない帰路に、今我々は立っていると思う。