Le Métier the seasons of a professional cyclist
マイケル・バリー、カミール・J ・マクミラン著
Métier:(仏)(名詞)
職業、専門職
訳者まえがき
友人から紹介されたこの本は、プロ・サイクリストの目で見た1年の記録が描かれている。
華やかな戦績の記録ではなく、プロ・サイクリストのありふれた日常(Standad Daytimes)を生き生きと写真と文章で綴ったこの本に、たちまち魅了されてしまった。
評論的な事を書くよりも、元ガーミン・シャープのクリスチャン・ヴァンデ・ヴェルデが書いたこの美しい序文が、この書籍の素晴らしい紹介になっているので拙訳ではあるが紹介したい。
プロ・ロードレースのファンだけではなく、全てのサイクリストにも響く彼の言葉は、率直で飾り気がない。
Métierのラテン語の語源は「召使いとしての職務」である。
意図されたものかどうかは分からないが、本書の内容の暗喩にもなっている。
FOREWORD(序文)
その峠を登る僕らに、容赦ない横殴りの雪が吹き荒れていた。
いつもは山を登るサイクリストの遅さにイライラとクラクションを鳴らしてくるドライバーも、この悪天候に無謀な挑戦をする僕達に短いクラクションでエールを送ってくる。
「今日この道に来たのは、俺達が初めてらしいな。」
コロラドの稜線を走る新雪に覆われた標高900フィート(約2700メートル)のグラベルを走りながら、マイケルが僕に言った。
この場所には僕らが登ってきた道以外には迂回路がない。いくつか見える小さな轍は、恐らく鹿の痕跡だろう。
「そうだな!バリー。この天候でここまで登ってくるような馬鹿は僕達以外にはいないだろうさ」
僕は凍える息を吐きながら答えた。もちろん、僕はこの馬鹿馬鹿しい旅の全ての瞬間を心の底から楽しんでいた。僕達は山から帰る前にカフェで暖をとり、そして大急ぎで家まで帰った。
10年経った今でも、この記憶は僕の脳裏に焼き付いている
マイケルは僕がこれまで考えもつかなかったようなトレーニンライドを教えてくれた。
マイケルは僕だけではなく、僕の友達にも(必ず二人きりでだったが)実地で意見をくれて、僕達を1つ上のレベルに押し上げてくれた。
僕はこれからも、雪まみれになってかじかむ指を感じながら、いろんな山に登る事だろう。でも僕はどんな時でも楽しめる。マイケルは僕に教えてくれたからね。
「限界とは単なる思い込み」だって。
僕達はその日、文字通りまだ誰も踏みしめた事のない道を、肩を並べて一日中走った。その時サドルの上で、僕らはこれまで以上に深く理解しあう事が出来た。トレーニングだったり、レースだったり、僕達は様々な経験を経て、お互いに成長してきた。
馬鹿みたいにキツかった2005年ジロのあるステージで、その日の仕事を終えていた僕達は、いつのまにかプロトンから遅れていた。他のライダーが一人も見えないドロミテの登りの途中でたった二人きりだ。レース開始から4時間で、僕らの前にはまだ60キロの行程と、2つの山が待ち構えていた。ヤバい状態にもかかわらず、僕は二人で以前肩を並べて雪の中を走っていた時の事を思い出し、突然笑いがこみあげてきた。そしてそのまま二人で先頭交代をしながらプロトンの追走を開始した。その時のジロの出走選手は200人近く、だけど、その時のドロミテは完全に僕とマイケルだけだった。メイン集団ははるか前、そして遅れた選手のグルペットははるか後ろだ。マイケルは僕になんで笑っているんだ?と聞いた。
「完全に僕達二人っきりだな!もしお前が、ここがコロラドの例の雪の稜線道だって言うなら、僕はころっと信じてしまうだろうな!」
「僕達はもう8時間近く走ってる!このステージが終わったらきっとボロボロだよ!でも...」
「でも、きっと満足しているんだろうな」
この日の出来事は、今でも色あせない思い出だ。
この本は、僕の子供時代からの、素晴らしく、ありふれた、そしてぞっとする記憶を蘇らせてくれる。バイクに乗っていた時、そしてバイクに乗っていない時の思い出。
ペダルの一漕ぎに消えていった思い出したくない、あるいは忘れたくない匂い、音、そして感情の渦を。マイケルとカミールは、ここで語られるサイクリストの<ありふれた日常>を撮影し、サイクリストの人生を綴った。彼らはプロ・サイクリングの世界のきらびやかなベールを剥がし、その下に隠されたリアルな現実を白日の下にさらしている。美しく、あるいは醜い現実を。
敗北と栄光、そして躊躇を繰り返し、僕らは走り続ける。辛い時には、この世界から逃げたいと思った事もあった。あきらめの悪さと我慢強さにより、幸か不幸か僕はまだこの世界にいる。もがきが、よりそれぞれの瞬間を豊かなものにしているように思える。本書 Le Métierは、かつて僕が味わった苦い思い出を僕の脳裏に蘇えさせる。いつか僕の子供達にこの物語を読み聞かせたい。あの子達にも分かるだろう。はるか昔、まだお腹が出る前のパパが何をしていたのかって。
このスポーツは僕の心に蒼いナイーブさを残し、僕の逃れたいという願いを何回もつなぎ止め、そして皮肉な事に、僕の肉体的老化を加速させているようだ。自転車は僕に責任を、人生観を、謙虚さを植え付けて、僕を急速に大人にさせたけれども、僕の心はどこかまだ23歳の若者の時のまま取り残されている。
この本を楽しんで読んで欲しい。君達はこの本を通して理解するだろう。
なぜプロ・サイクリストになろうとする人が少ないのか。そして、なぜ、僕達プロ・サイクリストがこの仕事に誇りを持っているのかを。
クリスチャン・ヴァンデ・ヴェルデ