2013年の最初の月、僕は以前のチームスポンサー、ビリー・ジョーンズのアリゾナの別荘で過ごした。彼はジュニア育成チームの運営もしていたので、何人かのジュニアが温暖な気候でのトレーニングの為に別荘を訪れていた。ビリーの目論見は、ジュニアの選手達に本物のプロサイクリストから<何か>を学ばせる事だった。
ある晩、僕がソファーにすわってボンヤリ考え事をしていると、ビリーの息子が”プロになる為には何をしたらいい?”と聞いてきた。彼のチームメイトも色めき立って聞いた。
「知りてーっ!ガイモンさんがプロになった時にはどんな事をしたの?」
僕はどう答えたものかと考えながら二人の若者を見つめた。自分がプロになる時に行ったインターバル・トレーニング?、レース前になにを食べたか?いやいや、それだとちょっと無責任な答えだろう。
僕はそういう瑣末事にたいした意味がない事を知っている。トップの選手にはそれぞれ独自のトレーニング計画とダイエット方があるけど。それでも彼らはツール・ド・フランスに出走するし、そして数秒という僅差でゴールする。
彼らが持っているものはハウツーじゃない。姿勢、ライフスタイル、仕事での倫理、そして挫折から学び、決して諦めない姿勢だ。
もしかしたら、僕はこの二人の若者に、僕のありったけの荷物を積んだボロボロのトヨタ・マトリクス(車)を見せるべきだったかもしれない。僕のグロい傷跡を見せても良かったかな?。アスファルトに僕の皮膚を刻んできた9つの州と3つの国のリストを読み上げてもよかった。
<これがプロってもんだぜ!このニワカ共!>
でも、僕は彼らを怯えさせたくはなかったんだ。
その時の僕は<メン・イン・ブラック>でウィル・スミスが使っていた<記憶消去銃>が欲しかった。彼らの脳から彼らが考えているプロ・サイクリングのイメージをごっそり取り去ってしまいたかったからね。
そこで僕は姿勢を正して真面目に説明を始めようとした。
プロとして生きていくのがどれだけ大変か?
どれだけの年月、孤独と貧困に耐えなければいけないか?
そして、どれだけの可能性と人間関係を、これから犠牲にしなければならないのか?
この若いライダー達に、このスポーツの暗黒面をまず理解させたなら、僕は安心して、僕の心を捉えそして何モノにも代えがたいこのスポーツの素晴らしさを語る事が出来る。
僕がどう説明しようか考えていたその時、ドアベルが鳴って宅配ピッツァが到着し、僕はその壮大なミッションから解放された。
でも、僕には若い人達に僕の愛するこのスポーツを語る責任がある。その思いは今でも変わらない。 彼らがどこかで、その答えを見つけられたらいいと思う。
もしかしたら、僕の経験を知る事で、彼らは僕より楽に学ぶ事が出来るかもしれない。語る途中で、僕はプロサイクリングというものの輪郭をスケッチしてみようと思う。少なくとも、僕にとっての<プロサイクリング>を。
そうすれば、もしスキャンダルの炎がこのスポーツを焼き尽くしても、彼らは僕が語った輪郭を元に、再びこのスポーツを再建出来るかもしれない。
この本を執筆するのに、僕はゴーストライターを使わなかった。
全ての言葉は僕自身のものだ。
- Pro Cycling on $10 a Day: From Fat Kid to Euro Pro
Phil Gaimon