2014年6月10日火曜日

イントロダクション-<ええかげん> - Pro Cycling on $10 a Day: From Fat Kid to Euro Pro

 イントロダクション-ええかげん


子供の時、父さんは毎週土曜日の朝に僕をスーパーマーケットに連れて行った。僕はカートの上の心もとない針金のシートにちょこんと座り、ドーナツを頬張りながら、父さんがカートに商品を入れている間クーポンをぎゅっと握りしめて、そして、父さんの目を盗んでは、自分の欲しいものを片っ端から掴んでカートにこっそり放り込んでいた。運が良ければ、父さんに兵隊の人形やおもちゃの恐竜やキャンディーを気付かれずに済んだ。

父さんと僕のいつものドタバタ劇は、僕がカートの上で何かを夢中で見ていた時、父さんが僕を残して別の場所に行った時に起こる。
父さんがいないと知った時、僕は<隠して探そうゲーム>をする絶好の機会だと、カートからしのび出て、手当たり次第につかめる商品を棚からカートに放り込んでは、どんどん父さんが僕を置いていった場所から離れていった。
父さんは大抵、僕が遠くに行ってしまう前に僕を見つけて、カートのハンドルを捕まえて僕を<確保>した。

その朝、確か旅行の途中での事だったと思うけど、僕はいつものように脱出のチャンスを見つけた。カートはまだ軽く小さな僕でも十分に動かせたからだ。僕は冷凍食品売り場沿いに進み、ボート選手のように後ろに顔を向けながら、スピードを上げてスーパーの扉をどんどん突破していった。荷物が増えたカートは魚売り場では相当な加速になっていた。そしてエルパソ・サルサソースの陳列コーナーに急接近して僕は気付いた。この暴走するカートを止める方法が分からない。

カートがサルサソースの瓶のタワーに突っ込み、僕は泣きながら屈んでうずくまり、僕の周りにサルサソースの瓶が雨あられと降り注いで割れた。
父さんが慌てて走ってきて、コーナーの隅でサルサソースまみれになっている四歳児の名前を叫んだ。

「ごめんなさいっ!!!」 言い逃れの出来ない状況の中で僕は怖さのあまり泣き叫んだ。 でも、父さんは僕をまったく叱らなかった。

父さんは僕の顔についたサルサを綺麗に拭き取って、そして言った。

「大丈夫や、フィリップ。このサルサソースの瓶の積み方がええかげん(precarious)だったさかいな。お前、<ええかげん>の意味分かるか?」


たぶん、父さんが使った<ええかげん>という言葉にはこんな意味が込められていたんだと思う。

<大抵のものは最初から崩れそうな方法で形作られている>


そう、だから、もし僕がとんでもなく酷い目にあったとしても、それは僕の責任じゃない。


 父さんが言ったこの<ええかげん>という言葉は、それ以来、僕の座右の銘になっている。



Phil Gaimon