2016年2月13日土曜日

[翻訳]ザブリスキーのコクーン(It's About Time)



ツアーオブミズーリのITT(個人タイムトライアル)を30分後に控えた湿度80%に達する蒸し暑い夏の午後、暑さ対策の為のアイス・ベストを着用したデイビッド・ザブリスキーは、FeltのTTバイクに跨がり、Cyclopsのトレイナーで入念にウォーミングアップを行っていた。見本市会場に停車したチームバス横の日よけの下で、彼は黙々とペダルを廻していた。チームバス横に設置された巨大なデジタル時計を真っ直ぐに見つめながら。
クロノマン(TTスペシャリスト)としての特質は、この30歳のアメリカ人に生きる糧をを与えた。2005年のツールのプロローグで、彼は11.8マイル(約18.98キロメートル)のコースで平均時速33.97マイル(約57.4キロメートル)というツール史上最高記録を打ち立てたのだ。その年のマイヨジョーヌであったランス・アームストロングに対して、最終的に2秒のアドバンテージを稼いだ。
(訳注:記事は2012年のランス・アームストロングの全てのタイトル剥奪以前に書かれている)

このITTでの奮闘により、ザブリスキーはその後3日にわたってマイヨジョーヌを守る事が出来た。彼はマイヨジョーヌを纏う事が出来た史上3人目のアメリカ人となった。(レモン、アームストロングに次いで3人目)その年のはじめ、ザブリスキーはジロデイタリアの第8ステージのITTにおいてステージ優勝している。2004年のブエルタでの100マイル(約160キロメートル)に渡っての大逃げでの勝利は、基本的にITTと同じ方法論でもたらされた勝利だ。そしてこういったクロノマンとしての脚質は、このソルトレイク出身の若者に昨年までの4年連続を含む5度のナショナル・チャンピョンをもたらした。
2005年ツールでマイヨジョーヌを突然失った時のような不調の時でさえ、彼はチームを優先し自分の成績を二の次にしてきた。そしてこのツアー・オブ・ミズーリのITTステージで、彼はリーダージャージと、そして彼の9年間のプロサイクリストキャリアで自身初となるステージレースの総合優勝を手に入れる事になるのである。

それを知ってか知らずか、ITTスタートとなる午後3時の数分前、彼はバイクを降りて白とオレンジのガーミン・カラーのバイザー付きTTヘルメットのあごひもを締め直し、ふたたびバイクに跨がって100ヤード(91.44メートル)先のスタート台へ向かった。スタートの順番を待ち、サドルに跨がり、ふたたび立ち上がって伸びをし、グローブを直し、そして座り直して深い深呼吸をする。緊張とアドレナリンがない交ぜとなって彼の心に沸き上がる。前走者がスタートすると、彼はバイクをゆっくりスタート地点に進める。シューズをクリッピングペダルにセットし、エアロフォームでバイクのバランスを保ち、タイムトライアルのスタートを待つ。タイムトライアル、それこそは彼のキャリアを大きく変えた分岐点だ。

レース終了後、マイヨジョーヌを身に纏った彼は記者会見会場へ向かって歩いていた。ザブリスキーは平均時速31.25マイル(50.292キロメートル)という素晴らしい成績を収め、2位のグスタフ・ラーションに対して30秒のリードを確保した。ポディウムでの表彰とTVインタビューにより、ザブリスキーはプレス・カンファレンスに10分以上遅刻した。彼は詰めかけたプレス陣にこう伝えた。「ハァイ、みんな、僕なんかの為に待っててくれたのかい?」(訳注:花輪君の声で)

ザブリスキーはいつも冗談か本気か分からない男だ。彼は時々自分に降り注ぐ華やかなスポットライトよりも、バイクにたた跨がっている時間を好むタイプの男。彼のどこかぎこちない笑いとマシンガントークは、彼のまばたく蒼い瞳の奥に潜む繊細な知性を隠す繭の役割を担っている。プロとして、また一人の人間として様々な苦難を経験した今、彼はバイクに乗る事が出来る今の自分に素直に歓び、急に自分に降ってわいた世間の注目に少しばかりに驚いているのだ。
めったに自分の内面を人に見せる事のないザブリスキーだが、ごくたまに、彼の妻ランディにしか見せない心の底を一部の部外者に垣間見せる事がある。彼らはその時になってはじめて、ザブリスキーの硬い繭に覆われた柔らかで脆い内面を知る事になるのだ。しかし彼を外面でしか知るよしもないその他大勢にとって、彼は単なるお調子者の道化でしかない。

「君達っていつもザブを話題にする時、語尾に(薄笑)を付けるよな(笑)」
ガーミン・スリップストリームのGM、ジョナサン・ヴォーターズは語る。

確かにザブリスキーは過去9年にわたって我々に(薄笑)ネタを提供してきた。ポディウムにスニーカーで登り、ポディウムでブーケをぶんぶん振り回して観客に投げつけ、パレードのオープンカーに乗っている時に身体を乗り出してスローモーションの一人ウェイブを演じてみたり。彼がツールのTTで記録を打ち立てる前にあるレポーターがザブリスキーに今日の作戦を聞いた時、彼はこう答えた。

「作戦かい?そうだねぇ。まずペダルを強くふんで飛び出すんだ。その後も踏んで踏んで踏んで最後までペダルを踏み倒して僕は勝つつもりさ」

ブエルタでの長距離一人TT逃げの後には、

「どうやって勝ったかって?ガンズ(Guns 'n Roses)の歌をずっと口ずさんでいたからだね(真顔)。曲名は忘れちゃったけど歌詞はこうなんだ。"♪誰もおいらを捕まえる事なんでできねぇぜ!おいらは無実さ!♪"」

ツアーオブミズーリのステージ6後のプレカンで最後になにか一言と求められて、彼は固まったあと

「うーん、ごめん。なんも降りてこないよ。今日は僕の灰色の脳細胞をいくつか犠牲にして走ったからねぇ(真顔)」

お馴染みのこういった姿は「古きよきザブ」といったところだろう。CSCでのチームメイトだったイェンス・フォイクトは語る。

「ザブはいつだってプレス・カンファレスに向けて全力でネタを仕込んでいたものさ。」

プロトンの中で、ザブはいつも他のライダー達に「ザブさんの突撃!隣のサコッシュ」的インタビューをやっていた。ある時は当時リクイガス、現ガーミンの通称「天才軍師」ウェゲリウスの横にゆらぁーと近寄っていき、

「これまでに液体ガス(liguid gas)をお腹にため込んだ事はあるかい?(真顔)」

と尋ねた。(訳注:当然、天才軍師はガン無視で瞬殺した事だろう)
U.S.ポスタル(2001-2004)、CSC(2005-2007)、そして現ガーミン(2008-)のチームメイト達はザブの様々な恐怖症に慣れていった。例えばハワード・ヒューズばりの彼の潔癖症がある。
(訳注:1905-1976 アメリカの実業家、飛行家、映画制作者。資本主義の申し子、地球の冨の半分を持つ男と呼ばれた。同時にパラノイア的潔癖症と妄想壁で知られる。レオナルド・デュカプリオ主演で伝記映画が作られている)

ジョナサン・ヴォーターズはこう語る。
「ザブが人と握手してるのなんて見た事ないね。あいつ、いつだって人に握らせるのは二の腕だもの♡」

ガーミンの公式サイトのプロフィールによれば、ザブリスキーの好きな映画は「ビッグ・リボウスキ」とある。コーウェン兄弟のカルト・コメディだ。また彼はギレルモ・デル・トロ監督との出会いを人生の宝物の1つに挙げている。デル・トロ監督はザブのバイブルであるヘルボーイの監督でもある。つまりかいつまんで言えば、ザブリスキーは世間一般でいう「オタク」である。ザブリスキーは全長60cm〜1m程度のプレミアもののフィギュアのコレクターでもある。フィギュア一体の価値は1,500ドル以上だ。昨年のツアーオブカリフォルニアの時に彼のソルトレイクの家に泥棒が入った。泥棒は彼のお気に入りのヘルボーイのフィギュアを盗み、ザブはまるで泥棒が彼の北京オリンピック・ロード大会での記念リングを奪ったかのように怒っていた。

ツアーオブミズーリのTTを勝利で締めくくった後、ザブリスキーはチームバスでビールを飲んでくつろいでいた。まだリーダージャージの行方は分からない中、彼はこうツイートした。

「何人かの悪い友達が僕にこう言ったんだ。"ヘイ、今日こそXXXX(訳注:不適切隠語)をやっちまおうぜ!"って。僕には意味が分からなかったけど、どうやら僕はやっちまったらしいよ。やれやれ(真顔)」

彼のエキセントリックさはしばしば注目の的になる。しかし彼がたまにみせるシリアスな側面が注目される事はほとんどない。ザブリスキーはたまにそういうギャップを見せる。タフだったツアーオブミズーリの第6ステージの後、ラマダ・インでチームとの食事の後にラウンジでくつろいでいた時の事だ。
彼はちょうど「ヘルボーイⅡ」を見終わった後だった。デル・トロ監督と同じレベルで彼はオリバーストーン監督のファンでもある。最近、JFK暗殺に関する本を読み終えた彼はこう語った。

「僕はほとんどJFKが暗殺された時代の事を知らなかったよ」
「今思うと、この暗殺事件の前と後で世界はまったく変わってしまったんだね.」

アメリカの政治に彼は感心を持っていた。ザブはバラクオバマの就任式に参列したかったのだが、その代わりにアリゾナでのガーミン・シャープのトレーニングキャンプに参加した。キャンプ中だったので、動くバラク・オバマの代わりニュースサイトの静止画に声援を送る事で満足した。

彼は時事ネタにも日々感化され、心を動かされる。9月5日に彼はこうツイートしている。

「もし熊が人を襲ったら、人々は最初の証拠を見つけた後に熊を射殺し、こう言うだろうね。"もはや人間の近くにいる熊は信用出来ない」

土曜日の夜、彼はこの謎めいたメッセージを説明してくれた。このツイートは「ジェイシー・リー・デュガード誘拐事件」に関するものだった。1991年、当時11歳だったジェイシー・リー・デュガードが誘拐され、18年後の2009年になって身柄を保護された。主犯のフィリップ・クレイグ・ガリドーと妻のナンシー・ガリドーは逮捕された。

「僕はこの事件にとてもムカついていたんだ」ザブリスキーは語る。
「奴をたった3年刑務所に入れた後にそのまま野に放ってやるなんてありえないよ。奴は刑務所から出た後、そっくり同じ事を繰り返したんだ。時々、奴ら(性犯罪者)は本来もっている悪い面を刑務所で進化させてしまうんだ。僕は死刑制度には反対の立場だけど、奴らを人々の中に解き放つのには反対だよ。熊の例え話は奥さんに聞かせた例え話なんだ。キャンプ上の周りで人を襲った熊は射殺される、なぜなら人の周りにいる熊はもう信用出来ないからね。それが僕のいいたい事なんだ。」

いつもの突飛な空想と違い、この時のザブリスキーは淡々と事務的に彼の考えを話していた。その顔はいつもの道化の表情ではなく、彼と妻が妻の宗教(ユダヤ教)の教義に沿って育てている生後15ヶ月の息子(ウェイロン)の父親の顔だった。彼は信神深い家庭に育ったわけではない。だが、彼の母は彼に自然への畏怖と敬意を教えた。母のこの教えはザブリスキーの心に宿る命への深い敬意を育んだ。彼はこの自然への敬意を普及させる為、Y2Lとして知られる「命を育もう基金」を運営している。これは2003年のトレーニングキャンプの時、彼のキャリアをもう少しで終わらせるところだったSUVとの事故がきっかけで設立された基金だ。
Y2Lは「道路を譲り合おう(Share the road)」をスローガンに、ドライバーと歩行者、ドライバーとサイクリストの穏やか名共存を探る事を目的としている。

「こいつは癌じゃないしAIDSでもない。でもこれ(路上で他者にイライラして引き起こされる事故)は治療しなければいけない病気なんだ。これは確実に直せる病気だ。ただスピードを落とせばいい。ただ命が大切なものだと思えばいい。フラワーチルドレンが「ピース(平和)」を合い言葉にしていたように、「Share the road」は僕にとっての「ピース」なのさ」

彼は根っこの部分でバイクに乗る事を心から愛している。SUVとの事故は彼にこの事を思い起こさせた。彼の肘と膝にフランケンシュタインのようなピンを植え込んだ交通事故の後、ザブリスキーは1ヶ月の車椅子生活を余儀なくされ、歩く事も自転車に乗る事も出来なかった。

「僕は友達に助けてもらって、思いっきり速く車椅子を押してもらったんだ。出来るだけ速く、出来るだけ強く。僕の顔の横に吹き抜ける風を感じると、僕はまるでバイクで風を切っているような気持ちなれた。」
「僕は毎日バイクに乗る事を楽しんでいる。多分、僕はレースよりも目的なく自転車に乗ったり、トレーニングしている方が好きだ。」

彼は群れるよりも一人でライドする事を好む。エンドルフィンが溢れだし、頭が空気に溶け込むように明晰になる。

「バイクに乗ることって一種のセラピーなんだよ」
「..そしてさ、ライドを終えた後っていつも全てが....」
彼は微笑みながら言う。
「...うまく言えないや(笑)まぁ、なんとなく分かるよね?(笑)」

子供の時、彼にはプロ・サイクリストになりたいという憧れはなかった。先生が将来何になりたいのか尋ねても、彼は答えられなかった。
「生きているものは皆、自立しなくちゃいけないって強く思っていたんだよ。」
彼は語る。そしていつも彼が自分自身の心の内を披露する時の癖で、声を低めて付け加えた。
「これまでの所は、まずますだね。」

彼は真顔になって付け加える。

「もちろんその瞬間瞬間に集中してきたし、ハードなトレーニングも積んできた。でも僕は決して"プロのスポーツ選手になりたい"とは言わなかったよ。」

そして今、自身初のステージ・レース制覇という節目からわずか1日の今日、この勝利は彼にとって何を意味するのだろうか?

「クール?って感じ?そうだねぇ、僕の人生の中で最高の瞬間だよありがとう!とは言えないけど、でもこういう事が生きている間にぽこって起こったらうれしいよね。それに...」

彼は付け加えた。

「僕はこの"ぽこっ"をずっと待っていたんだ。」



彼のキャリアの最高の瞬間を尋ねた時、彼は暫く黙り込んで考えた後、最後にこう言った。

「....僕は熱狂的なバイクレースのファンじゃないんだよ。」

彼はこの質問には答えたくないようだった。

「あなたって謙虚なのよ。」

ガーミン・シャープの広報担当、マリア・パングレイスが横から相の手を入れる。

「そうだね、そうかもしれない。」
「ただ家に帰り奥さんの傍にいられる時間は僕にとってそても大切な時なんだ。自動車との衝突事故は僕の人生の分岐点だった。だからバイクレースで走る事が出来るって事は僕にとって一大事なのさ。奥さんも僕がどんな世界で走っているのか分かってくれたよ。」

彼はバイクに乗る機会を与えられている事に感謝している。しかしあの事故以来、もしかすると同時に恐怖も感じているのかもしれない。その恐怖は徐々に彼の重荷になってきた。ジョナサン・ヴォーターズは語る。

「彼はプロトンでトップ5に入る才能を持つライダーだよ。でも、奴がプロトンの先頭にいるのを見る事はあまりないはずだ。ザブは先頭で落車に巻き込まれるのをとても恐れているんだ。それでなるべく先頭を避けて後方に位置取ろうとする。」

ヴォーターズは続ける。

「それでザブはいつも無駄にエネルギーを使ってしまうのさ。」

結局、ザブリスキーは時折、プロトン側面をダッシュで上がらないといけない。この癖をスチュワート・オグレディはこう名付けた。"グリーン・ホーネット"。
(訳注:1966年にテレビドラマ化、2011年に映画化されたスーパーヒーロー。1966年のドラマ版ではブルース・リーがメインキャラの一人を演じている。)
数年前のドーフィネで、ザブリスキーがポイント賞であるグリーンジャージを着てプロトン側面をダッシュしていたからだ。
ガーミン・シャープのチームメイトであるクリスチャン・ヴァンデヴェルデはこう語る。

「ザブはずる賢いタイプのライダーじゃない。けど奴は時々"オレはワルだぜ危険だぜ"と思っている。」
「プロトンの右側を登っていったかと思えば次は反対側で同じ事をしている。プロトンの中で落ち着かずにぐるぐると回っているのはワルじゃなくてアホだ(笑)」

チームメイト達がガーミンの"グリーン・アホーネット"の愛すべき天然ぶりを笑い飛ばすのをジョナサン・ヴォーターズは微笑ましく見つめてきた。

「奴はアーティストとか天才とかと一緒で、浮き世よりひとつ高い次元からこの世を眺めているんのさ。奴は奴だ。僕はザブを変えようとは思わない。だけど僕はザブの中からいつもチームにとって最も必要なものを引き出すだけだよ。」

これはザブリスキーへの温かい言葉というよりも、彼が高いパフォーマンスを示せる限りはレースで走る場を与える、というリアリストの言葉でもある。

長いシーズンが終わった。ツアーオブカリフォルニアの2位からはじまり(ザブ曰く"勝てなかったけど結局1位のリーバイが成績を剥奪されたからね。僕にとっては勝利と同じさ")、ジロとツールでのアシスト役をやり遂げて、ブエルタはザブリスキーにとって現実的な選択肢ではなかった。しかし7日間のステージレースであるツアーオブミズーリは理想的な彼向きのレースだった。2008年大会はブランソンでの急勾配のTTコース故にヴァンデヴェルデ向きの大会だった。だが今年のコースはザブリスキーにおあつらえ向きの19マイルのフラットなコースだ。ディフェンディング・チャンピョンであるヴァンデヴェルデはその事に気が付いていた。そして当然、ジョナサン・ヴォーターズも。彼はヴァンデヴェルデが最初のステージでクラッシュに巻き込まれる前から、チーム戦術をザブのエースシフトに切り替えたのだ。
ザブリスキー獲得に動いたヴォーターズの目論見は結果的に成功した。イェンス・フォイクトはこのツアーオブミズーリでザブリスキーのCSCからガーミンへの移籍について語った。

「彼は移籍によって自由を得たんだよ。今のザブは自分の直感と流れで自由に動く事が出来る。もし彼が、"ジョナサン、今日はこっちじゃない気がするんだ" と伝えればそれでOKなのさ。CSCだと話は別になる。おっかない(ピー)スが"お前の意見なんか関係ない。金払っているんだからやれ!"って鬼瓦みたいな顔で言うんだ。ザブはそういうのに萎える。だから奴は今のチームでとても幸せだし、そう見えるだろう?彼はハッピーだから素晴らしいパフォーマンスでチームに恩返しする。そして今日見た通り、彼は単なる道化なんかじゃない。頂点のサイクリストの一人なんだよ。」

フォイクトは日曜日のカンザスシティで行われた7周(10.2マイル X 7)のクリテリウムでの最終ステージを引き合いに出した。このクリテの間、ザブリスキーは彼のクラッシュ恐怖症と闘い、忠実なチームメイトのリードアウトにびったりと付いてフロントを確保し続けた。午後4時34分、レースは終了し、ザブリスキーは2009年度ツアーオブミズーリの勝者となった。ポディウムでのシャンパンファイトの後、彼はプレスカンファレンスの会場に向かった。一人のレポーターが、ザブリスキー程のキャリアがあるのにこれまでステージレースでの総合優勝がなかった事を驚いていた。ザブリスキーはいつもの調子で答えた。

「長くやってれば勝てるなんて簡単なものじゃないんだよ」

でもこの会見でのザブリスキーはとても落ち着いて、安堵し、そしてとても満足して見えた。ついにテストに合格し、そして彼が単なる特定分野のスペシャリストではなく、真のオールラウンダーの一人であると証明出来た事に。

「タイムトライアルは上手くいったね。そしてこのTTが総合優勝の原動力だった。分かってもらえるか分からないんだけど、体調だったり筋肉の声を聞いて、よし、今日はイケる!って思ったんだ。この"ワオ!僕って今日はイケちゃうかも!"って感覚はずっと僕を素通りしていた。でも、あの時は感じる事が出来た。そして実際にイケ散らかしてたよ」

ジョナサン・ヴォーターズはツアーオブミズーリでの勝利を、ザブリスキーのサイクリストとしての円熟に向けての重要な分岐点と考えている。

「この結果が示すように、ザブは適切な環境と準備が与えられれば、1週間を通じてメンタル、フィジカルを高度に制御出来る。」
「将来的には、彼はより大規模なステージレース、ドーフィネやスイスを視野に入れるステージレーサーとなれるだろう。」

(訳注:語りながら物理的にそろばんを弾いている姿で)

その輝かしい未来も今は只の仮定の話だ。鬼が笑う。しばらくの間、ザブリスキーにとっての幸せは、妻と息子が待つカリフォルニアの家に帰る事だ。そしてもちろん、趣味として自転車に乗る事。彼のシーズンは終わったのだ。(今年は世界選手権には出なかった)彼はふたたび、スポットライトを離れてサドルの上の一人の時間を満喫出来る。帰宅して間もなく、彼はマウンテンバイクに乗ってLA郊外のトレイルに出かけた。

そよ風に顔をくすぐられる歓びをふたたび感じる為に。



(fin)




Cycle Sport, November 2009

By John Rosengren





2012年10月10日 ザブリスキーは過去にドーピングを行っていた事実を認め、全米アンチドーピング機関(USADA)は6ヶ月の出場停止と2003年5月13日〜2006年7月31日の成績の剥奪処分を下した。

2013年、デイビッド・ザブリスキーは引退を表明した。








-エビ捕り船の船長にでもなるかねぇ -David Zabriskie
-ザブのキャリアを一言でまとめるなんて無理だけど、これだけは言わせて。彼はキャメロットのメドレーをアカペラで披露してくれたただ一人のサイクリストよ。-Bonnie D. Ford (ESPN)
 -ザブの引退を聞くとはじめて出会った時の事を思い出すよ。 ピュアで楽しいザブ。すっとそのままだよね。 - Matt Rabin (Slipstream)


Paigeさん(@amourdevelo)が投稿した写真 -
-ザブの引退を今知ったの。 とても寂しい。一緒に働いた事があるからってだけでそう思うのが馬鹿げてるって分かっている。でも彼を目の前にした時、ろれつが回らないぐらい緊張した。そんなになったのは彼だけ。皆はカブやサガンやファビアンに憧れる。彼らには才能があるから。でも私がザブのキャリアを単なる成績以上に印象的に思うのは、私が彼を偉大なライダーだから尊敬しているからじゃない。私が彼を尊敬しているのは、このエゴにまみれたスポーツの中で自分のままでいいんだと教えてくれたから。人と違っててもいいんだよ。自分らしければ、人と群れる事なんかないって。ユタやコロラドで何回か彼とあったけど、今年、そしてこれから会えないと思うと寂しくなるね。引退生活を楽しんでデイブ、あなたがいなくて寂しいわ。 -Paige (Team Trek)




I just asked him at the end, how are you doing? And his reply simply said: “Still not sure how I am.”  That sums it up. It’s the same for all of us. Nobody prepares you for it. All you have ever done is raced. None of it was normal. It became normal, but it was extraordinary and we didn’t realize.
引退したザブに何の気なしに聞いてみたんだ。「どんな具合だ?」って。こいつが奴からの返事さ。ただ一言、


"まだ整理が付かないよ”

この短い一言が全ての答えさ。これがオレ達ライダーの偽らざる気持ちだ。誰もお膳立てしてくれやしないんだ。オレ達の人生はレース一色だった。一欠片だってカタギ衆の生活じゃねぇ。オレ達は引退してちょっとづつカタギ衆の生活に馴染んでいくんだ。でもそいつは途方もない事だぜ。オレ達が想像すら出来なかった世界だ。



-David Millar (Garmin Sharp)







There's a starman waiting in the sky
He'd like to come and meet us
But he thinks he'd blow our minds
There's a starman waiting in the sky
He's told us not to blow it
'Cause he knows it's all worthwhile

He told me
Let the children lose it
Let the children use it
Let all the children boogie"

空の上で変わり者がこっちを見てる
こっちに来て一緒に遊びたそうにしてる
でも変わり者の僕がいきなり来たら驚くんじゃないかと心配してる
空の上の変わり者は待っている
奴は言ったよ、そのままでいいんだって
それが一番大事な事だって

奴は言った
人の眼なんて気にせず
自分がしたい事をしろよ
そしてみんな自分の人生をダンスするのさ



-David Bowie - Starman 










孤独故に愛され、エキセントリックさ故に尊敬され、

レジェンド達は成績を残し彼は記憶を残した。

なによりも人であった彼へ愛と敬意を込めて。