2015年3月24日火曜日

Life Cyclics

Rouleurマガジンの企画「若い自分への手紙」より。


君には大切な家族がいる事を思い出すんだ。そして家族と仕事の公平なバランスを保つ事。人生にはサイクリングなんかより大切な事がたくさんある。

-イェンス・フォイクト


自転車に乗っている限り、いつも君は世界で最も幸せな男なんだよ。
-トーマス・デッケル


デッケルは後に引退を表明した文章でこう語っている。


最近になって、僕は自転車レースでの勝利よりも素晴らしいものが人生にはたくさんあるってやっと分かりかけてきた。
(中略)
僕は生きていくよ。もう自転車は必要ない。


自分で自分に手紙を出す、という経験を多くの人はしたことがないだろう。
この企画の意図は想像するしかないが、人が自分に語りかける時、そこにはもっとも飾らない真の自分が現れるからではないかと思う。
どのライダーの言葉にも、それぞれの人柄がにじみ出ている。まるで手垢にまみれたボロボロのジャージのように。

フォイクトとデッケルは、引退に際して、偶然にも同じ思いを表明している。

人生には自転車より大切な事がある、と。

過去にこう語ったサイクリストもいる。

人生はサイクリングより素晴らしい。
  
-ランス・アームストロング
(デイビッド・ミラー自伝より )

アームストロングがこの言葉を語ったのは最初の引退後の事だと言われている。
アームストロングの言葉とフォイクト、デッケルの言葉。
一見、非常に似ているこの言葉だが、言葉を分解していくと、両者の立場は異なる。

アームストロングの言葉では、サイクリングは人生を支える道具の一つである。これはアメリカ人の一般的な労働感に近い。労働は人生を支えるエンジンの一つであって人生そのものではない。多くのアメリカ人が若い頃に猛烈に働くのは、1日でも早く成功して引退し人生を楽しみたいからだ。

フォイクトとデッケルの言葉では、サイクリングは人生という大きな池の中の一つの蓮である。その蓮は人生に美観を添えるものであるが、水のように必須のものではない。鯉や藻や石のように、池を構成する単なる要素の一つだ。

フォイクトとデッケルが自転車に見出したものは、作家の平野啓一郎が語る「分人」という考えに近いのではないかと思う。

父親は36歳で他界した。同じ年齢に自分がさしかかった時、東日本大震災が起きた。
 たくさんの方が肉親の死に直面した。身近な人の死とは何だろうと改めて考えた時、目の前から消えてしまう、ということではないかと思った。自殺への衝動も、「死にたい」というより、「消えたい」「こんな自分を消したい」という感覚なのではないか。
 でも、「消したい」と思う自分以外にも自分はいる。例えば「いじめられている自分」以外にも、家族や友人と幸せに過ごす「自分」はいるわけで、それを見つけられれば自分の全存在を消す必要はなくなる。これが僕の「分人」の考え方。僕たちは友人や仕事の同僚、両親、子供など対人関係によって、さまざまな「分人」となって生活している。それらはすべて本当の自分であって、唯一無二の「自分」は存在しない。

-日経新聞寄稿文より

若い時のデッケルにとって、人生は「自転車での勝利」という絶対神に捧げる貢ぎ物だった。神は貪欲で、時間、貢献、血、友人、理性を彼から奪った。全てを失うまでそのゲームは続いた。彼が語る破滅への過程は薬物やギャンブルの中毒と同じだ。彼にとって「本当の自分」とは「自転車で勝利する自分」だけだった。
全てを失った後、復帰までの過程で彼は少しづつ「分人としての自分」に気が付いたのかもしれない。両親にドーピングを告白する過程で息子としての自分を。そして、再びガーミン・シャープからプロトンに復帰する事で、チームに貢献する自分を。

次世代のオランダの星と言われたデッケルと違い、フォイクトはキャリアの比較的早い段階で、分人としての自分を見出していたのかもしれない。チームに貢献する自分、プロトン全体に貢献する自分、そして家族と共に過ごす自分。ガラーテに勝利を譲った2006年のジロ・デ・イタリアのように、彼のレースに対する姿勢は、いつもプロトン全体を俯瞰していた。唯一の勝利に中毒しているのではなく、分人としての自分、そして目の前の勝利を越えた彼の明確なヴィジョンがあった。

二人のキャリアは、共にアワーレコードへの挑戦で幕を閉じる。
実力以上に運の要素が左右するロードレースと異なり、アワーレコードは厳密に計算された冷酷なまでの実力の成果だ。
積み上げた実力、そして1時間の間に全てを余さずに燃焼させられる自制心と勇気が試される。

二人がアワーレコードに挑戦した時の心境も、当人ではない我々は推測する事しか出来ない。
私は、英国の劇作家、ジョージ・バーナード・ショーが語ったこの一節が近いのではないかと思う。

これこそ人生の真の喜びである。
自らが大切だと信じる目的のために働く事である。それは自然の力と一体になることであって、世界が自分を幸せにしてくれないと嘆いたり、不平を言ってばかりいる愚か者になることではない。私は自分の人生がコミュニティ全体に属するものであると考える。したがって、命ある限り、コミュニティのために尽くす事は私の名誉なのだ。死ぬときには自分の全てを使い果たしていたい。なぜなら働けば働くほど。より生きているということだからだ。私は生きることにこの上ない歓びを感じる。私にとって人生は短いろうそくではない。それは私に手渡され、私が今このときに掲げている松明のようなものだ。だからそれを次の世代に手渡すまで、出来る限り赤々と燃やし続けたいのである。


フォイクトもデッケルも、自分達が持つ松明をアワーレコードで燃やし尽くした。残すものもなく、惜しげもなく全てを。フォイクトはサイクリストとしてのキャリアを、そして、デッケルは自転車という絶対神に依存していた自分を。燃やし尽くし、灰にして、次世代に伝え、その灰の中から、彼らは新しい分人として歩き出したのだろう。


これこそが、我々がアスリートととしてのサイクリストを尊敬し応援する理由だ。我々一般人は、何の憂いもなく古い自分を焼き尽くす事は出来ない。我々は若いデッケルのように、いや、それ以上に様々な絶対神を心に作りだし、その繰り人形となっている。日々ズブズブと不完全燃焼を繰り返す我々から見ると、ゴール後に立つ事もままならない彼らは、炭火の中に赤々と燃える松明のようだ。

彼らの言葉から受け取った松明は、今、我々の手にある。

我々に人生を選択する事は出来ないが、どう生きるかを選択する事は出来る。


輪廻のような人生(Life Cyclics)を。



2015年3月20日金曜日

[翻訳]トーマス・デッケルの最後の言葉

宣言文(Statement)

ロンメルにて, 2015年3月20日

何週間も僕は考え続けた。深く深く、僕の考えの断片を慎重に拾いながら。僕は選択肢をひとつひつ検討した。僕は自分の心にも慎重に耳を傾けてきた。そして今、心を決めたよ。

僕はサイクリングをやめる。

僕はサイクリストとして多くの経験をしてきた。勝ちもしたし負けもした。崖に落ちて、そして再び這い上がった。僕は自転車に乗る事で自分の本当の姿を知る事が出来た。コインの面と裏、そして煌びやかなコインの外見に隠されたボロボロの姿も。

若い売り出し中のサイクリストとして僕が心の底から欲しかった事はたったひとつ。なるべく多くのレースで勝利する事。どんな犠牲を払ってでもレースに勝ちたかった。それは僕の強さの源だった。そして同時に、それはぽっかりと開いた暗い穴への入り口でもあった。その穴は、僕を自転車に乗り始めた場所からはるか遠い場所に連れだし、深く、深く、ゆっくり僕を沈めていった。

最近になって、僕は自転車レースでの勝利よりも素晴らしいものが人生にはたくさんあるってやっと分かりかけてきた。僕はこの世の栄誉を全て独占したい為に走っているんじゃない。このスポーツが好きだから走っているんだって。だから、僕は自分と同じ過ちを繰り返して欲しくなくて、若いサイクリスト達に僕の過去を打ち明けてきたんだ。

サイクリストとしての最後の1時間、僕は全身全霊をかけてアワーレコードに挑んだ。僕は今でも自分が速く走れる事を証明したかった。そして自分に確かめたかったんだ。「お前は今でもサイクリストでいたいのか?」って。アワーレコードへの挑戦から数週間経った今、その答えははっきりとしたよ。

僕の今までの人生は全て自転車に支配されてきた。でも僕はこれ以上、フォームや機材、チーム、誰にも何にも捕らわれたくないんだ。
僕のプロサイクリストとしてのキャリアは美しく、醜悪で苛烈、そして教訓に満ちたお伽話だった。

僕は生きていくよ。もう自転車は必要ない。

トーマス・デッケル








オリジナル

2015年3月11日水曜日

[番組台本] 世界入りにくい居酒屋〜ルクセンブルグ編


この番組の紹介
地元の人しか知らないディープな名店を紹介する番組です。
世界のどこでも、いい居酒屋は必ず、入りにくいオーラを出しまくっている。観光客向けのオープンな店とは大違い。
そんな世界の居酒屋を紹介する番組です。

-NHK番組紹介サイトより










島崎和歌子(以下 和歌子):ルクセンブルグって知ってる?
篠田麻里子(以下:麻里子):聞いた事あるんですけど、なかなか馴染みないですよね?


その居酒屋はトロワ・クラン公園の近くにあるという。


和歌子:えっ?なに?イケメン!つか美味しそう!
麻里子:和歌子さん気を確かに!


ディレクター(以下D):(この庭の奥に居酒屋があるって聞いてきたんですけど...)

アンディ:えっ?居酒屋ですか? ウチはサイクリストが集うオシャレなカフェなんだけどなぁ。

D:(番組にたれ込みの投稿があったんですよ。ペンネーム「黒いオルフェ」さんから)
アンディ:.................(分かりやすい)






カンチェ:やぁアンディ、オープンおめでとう。開店祝いだ、受け取ってくれたまえ。

アンディ:いきなりびっくりしたよ!わぁ!でもありがとう!綺麗なトルコギキョウだね!さっそくお店に飾らせてもらうよ!

カンチェ:自転車でスイスから来たんだが、沿道に美しく咲いていてな。花に向かってサガンが小タイムしていたので輪聖技で排除した後に摘み取ってきた。

アンディ:いろんな意味でフレッシュすぎるよ!

カンチェ:ちなみにトルコギキョウの花言葉は「先細り」だそうだ。

アンディ:空気読んでよ!


和歌子:ちょっとちょっと、新たなイケメンが現れたのはいいけど、なんか険悪なムードじゃない?
麻里子:番組成り立つんですかね?......



鏡:やぁ、アンディ、開業おめでとさんっ!

アンディ:鏡先輩も来てくれたんだ!ありがとう!

鏡:祝いにグレンモーレンジ(スコッチ)を1ケース持って来てやったぞ!

アンディ:ウチはカフェだよ!スコッチは出せないよ!

鏡:安心しろ。オレ用だ。

アンディ:勘弁してよ!サイクリストの為のオシャレカフェなんだから!

鏡:サイクリストの為のオシャレカフェというとアレだろ?カレーが名物で常連以外はタイヤの削りカスとして扱うという伝統の経営スタイルの...

アンディ:やめてよ!放送できないよっ!(Dに向かってカットの指示)



フォイクト:アンディ・ボーイ!(手を拡げながら)お前が自分の人生を歩み出した事がとても嬉しい!

アンディ:イェンス!ありがとう!やっと救われた心持ちだよ...

フォイクト:お祝いに泥酔したポポヴィッチを連れてきてやったぞ。

ポポ:◁○”@@@dhoujodudhcおでゃおぉあお!(へそを出して踊りながら)

アンディ:今の僕にはジャーマンジョークを受け付ける余裕なんかないよっ!

フォイクト:なんという事だ!アンディ。これから自分の城を築こうとするお前がそんな事で動揺してどうする!私の祖父は焼け野原のベルリンから廃材を集めてバルを開業したんだぞ!

アンディ:すごい!おじい様は成功したの?

フォイクト:3年で事業が先細って夜逃げした。

アンディ:帰っておくれよ!


(場面転換)



和歌子:このお店の入りにくさは場所じゃなくて客層にあるのね...
麻里子:わたし、もうお腹いっぱいなカンジです......
和歌子:あら、でも店内は明るくてとてもオシャレ。
麻里子:なんか置いてある家具も高そうな北欧ブランドですね!素敵!
和歌子:あら?エプロンをつけたイケメンがお料理しているじゃない?シェフかしら?




D:(なんの料理を作っているんですか?)

VDV:料理って程のもんじゃないんだけど、新鮮なパプリカとクレソンを少しの塩で揉むんだ。それにこのペッパーチリソースをかければ、即席のツマミになる。

和歌子:なんか美味しそうじゃない!

D:(お店の定番メニューですか?)

VDV:定番?僕は客だよ。作りたいから勝手に作っているだけさ。ほら、ツマミができたぞ

皆:おぉおお!待ってました!

アンディ:ちょっとちょっと!ウチはカフェなんだから、なにか食べたい時は注文してよ!

鏡:注文したら金かかるだろう?

アンディ:当たり前だよ!

VDV:ほーらっ!じゃかいもと万願寺唐辛子のタイ風ツボ煮が出来たぞ!

アンディ:本格的過ぎるよ!


麻里子:私、あれを注文したい!
和歌子:(このお店の本来のメニューはなんなの.....)



(2時間経過...)



カンチェ:アンディ、オープン初日だというのに客足が悪いな?

アンディ:皆、あんた達の暴れぶりを見て帰っていくんだよ!見てよ!ポポなんかブリーフ一枚で踊ってるし!

ポポ:◁○”@@@dhoujodudhcおでゃおぉあお!(へそを出して踊り続ける)

カンチェ:なるほど、実業とはかくも厳しいものなのだな

アンディ:皆が現実にスパイスをふりかけすぎるんだよ!

カンチェ:まぁ、そうツンケンする事もない。皆、お前が恋しいのさ。

鏡:そうだぞアンディ。優雅な引退はオレぐらいダンディじゃないと似合わないぜ!(スコッチのグラスを傾けながら)

アイゼル:そうだそうだ!このバーニー様ぐらい酸いも甘いもかみ分けてはじめて人生を謳歌出来るってもんよ。

スタンナード:くぉ〜ん(アンディをハグ)


アンディ:(ハグされながら)そんなもんかなぁ....

フォイクト:アンディ、私からお前にプレゼントだ。(小箱をカウンター越しに渡す)

アンディ:どうせまたサガンの小タイムがらみでしょ?

フォイクト:開けてみろ。

アンディ:....ん?これは折れたエルゴレバー?(カンパニョーロのシフター)

フォイクト:4年前のツール直前、お前が練習の落車で折ったエルゴレバーだ。

アンディ:...なんでこんなものを...

フォイクト:お前はその時、痛い素振りも見せなかった。迷いもなくすぐに身体を起こし、そしてマイヨジョーヌまであと一歩のところまで行った。あの時、お前は何も迷わなかったはずだ。お前は純粋でなんの打算もなかったな。未来も過去もなく、お前はあの時「今」だけを見ていた。いつか人生で再びガリビエに挑まないといけない時が来たらそのレバーを見て思い出せ。

アンディ:..その時のジャージも、もう物置にしまっちゃったよ...

フォイクト:モノに意味はない。お前がした事、これからする事だけに意味があるんだ。この年寄りはそう思うぞ。

アンディ:..ありがとう、イェンス。


和歌子:なになに?なんかいい話系でしんみりしたけど、結局、ここは居酒屋だったの?
麻里子:メニューすら出てきませんでしたよ....
和歌子:まぁいいや、イケメンたくさん見て目の保養も出来たし!
麻里子:そうですねぇ!イケメンをツマミにこれから飲み直しますか?
和歌子:いいねぇ!では...
二人:また来週!



(エンドタイトル テロップ)

アンディ:ウチはサイクリストの為のオシャレカフェだからねっ!!!!!!!!!!

ポポ:◁○”@@@dhoujodudhcおでゃおぉあお!(へそを出して踊りながら)




(Fin)