アマチュアでの輝かしい戦績をひっさげて、デッケルは2005年にラボバンクでプロデビューを果たした。デビューの後、ティレノ・アドリアティコ、ツールド・ロマンディ、ツールドスイスのステージを立て続けに制していく。2009年7月、18ヶ月前の尿サンプルからEPOの痕跡が検出された。オランダの期待の星だった彼は2年間の資格剥奪を経て、現在はワールドツアーチーム、ガーミン・シャープで走っている。
親愛なるトーマス
君は30歳の誕生日の今日、自分に向けてこの手紙を書いているよ。
今では君も年をとって時々昔を振り返るようになった。君のこれからの人生は走馬燈のように流れ、そしてある朝、一本の電話で突然歯車が狂うんだ。その日付は生涯に渡って君の記憶から消える事はない。
2009年7月1日 12時20分
君はラボバンクと初のプロ契約を結んだ。そして成功はこれから簡単に転がり込む。プロとしての最初のトレーニングキャンプ、君はまだ二十歳で、そしてその才能は抜きんでていたね。オランダは次世代のマイヨジョーヌ候補として君にプレッシャーをかける事になる。だけど君はそれすら楽しんでしまう。プロとしての最初の1年、君はプレッシャーなんて感じない。そしてドーピングに手を染める事なんて夢にも思わない。
だけど君はそのうち気がつく。君の周りの誰がドーピングをしているのかを。感じよく、誰もが君に誠実に接してくる。スター選手達、スタッフ、そしてドクター達。皆が君の成功を願っているんだ。そいて君に「手をさしのべて」くれる。
彼らを責めてはいけないよ。それは君がいた世界だ。その時代、君はそこにいたんだ。君は2006年からドーピングに手を染める。「これがプロの世界なんだ」:君はいずれこう思うようになる。周りは皆ドーピングをしている。だから、君も同じ土俵に立たなければいけない、と。すぐに君はその世界に順応していく。
君はイタリアに行き、6ヶ月の間、家族とも友達とも離れてホテルで過ごす。プロ生活をベストコンディションで始める為に。その努力は報われ君はティレノ・アドリアティコを制するんだ。
君は若く、アドレナリンを友に走り、素晴らしい成績を残し、大金を稼いで有頂天になる。ドーピングがバレる事なんてありえないとさえ思うだろう。でも、フエンテスが拘束され、2008年からバイオロジカル・パスポート(blood passport)が導入されて、君は初めて気がつくんだ。これはヤバいって。
君は長い長い間、最低野郎になるんだ。大金を稼いだ若者にはありがちな事だ。そして君にドーピングを止めろと言ってくれる人間は誰一人いない。
君はこの火遊びの危険さに気付きドーピングから手を引く。君は破滅が訪れるまでの半年間、ロットで走る事になる。
2009年7月1日、運命の電話のベルが鳴る。君はその時こう思うんだ。「ありえない!僕はこの半年間ドープしていないし、なによりも僕自身がそれが真実だって知ってる!」でも、それは2007年から遡ってのサンプルテストなんだよ。君は電話をかけてきたUCIのアン・グリッパーにこう言うんだ。
「ありがとう。僕の人生をメチャメチャにしてくれて。」
今まで遡及テスト(過去にさかのぼってのサンプルテスト)で捕まった奴はほとんどいなかった。君は思う。なんで僕だけ?
ドーピングを止めてからの半年間、君は再び自転車に乗る幸せを噛みしめていたね。クリーンなレース、カンチェラーラとマルティンに次ぐツールドスイスTTの3位。そしてツールド・フランス。
今、君の人生は大きく変わり、大きな歯車が動き出していくんだ。
父さんと母さんにこの事を告げるのはとても辛い体験になる。君は一人きりだ。君は気がつく。自分には本当の友達はほどんどいないって事に。君と飲んでくれる友達さえもだ。電話の後の最初の1年、君は全てを失う。毎日飲んだくれて空虚なパーティー三昧、まるでまともな子供時代がなかったゴロツキのようにね。君はアルコールと運動不足で6ヶ月で16キロ太る。キャリアの最初の10年は光の速さで過ぎたよ。だけど、サスペンドの期間はまるで石のように時がのろかった。
サスペンド明け、君はサイクリングの世界に戻ろうと決意する。ルール的には問題はない。だけど戻る事は容易ではない。それに君はすっかり自信をなくしていたんだ。君はドーパーだ。だけど最後の半年、君は確かにドーピングの助けを借りずに多くのレースに勝てたって事実を君は忘れていたんだ。
君がカムバックしようとする時、君の名前はブラックリストに刻まれている。君と契約してくれるチームを見つけるのは容易じゃない。君が若かった時の心の拠り所を思い出すんだ。「いつもベストでいる」って。
後からあれこれ言う事なんか簡単なんだけどね。君はナイーブなんだよ。でも多くのサイクリストはそのナイーブさ故に同じ君と間違いを起こすんだよ。君は痛い程この件で学ぶ事になる。自分は普通の人よりも破滅型だってね。
君はドーパーになるんだ。死ぬまでこの烙印は消えない。この経験は君を多少ましな人間にしてくれる。でも言っておくよ。ドーパー時代が君のキャリアの頂点ではないんだ。
最後のアドバイスだ。サイクリングを、今君が生きている瞬間を精一杯楽しんでみろ。この世界はあまりに速く、そして君は自分が何をしているのかさえ分かっていない。日記を書くんだ。そして、オランダのメディアとオープンで良い関係を築くんだよ。君が苦しい時、彼らが助けてくれるからね。
人の期待を裏切るな。そして18歳の時の君を貫き通すんだよ。僕はただ君に幸せになって欲しいだけなんだ。そして自転車に乗っている限り、いつも君は世界で最も幸せな男なんだよ。
がんばれ。
トーマスより