2016年7月9日土曜日

[RR落語] 客夢(かくむ ) -3/5

(前幕)







ベルナール・イノー(cv大川透):

静粛にせよ。ここは神聖なるUCI輪闘査問会の場であるぞ。
誇り高き輪闘士であるお前達が事もあろうに宿泊先のホテルで乱痴気騒ぎを起こしてブルターニュ警察のお世話になるとは何事か?事もあろうにこの私の地元ブルターニュである。幸い私が保釈金を積んで穏便に処理して事なきを得たものの、このご時世、マスコミに嗅ぎつけられたらえらい騒ぎになっていた所だぞ。「トレックご一行、ベッドで夜の場外乱闘♡」というTHE SUNの見出しが目に浮かぶわ。今日は特別にご意見番としてメルクス御大にもお越し頂いている。輪闘三銃士(アルカナ・ナイト)のうち2名が一度に集う事は異例中の異例である。これは事の重大さ故と肝に銘じよ。メルクス御大、なにか一言。

エディ・メルクス(cv藤岡弘):

グルルルルルル……

ベルナール・イノー(cv大川透):

御大は今、輪聖発情期に入っておいででな。周りの人間全てがアタックしようとしているレイモンド・プリドール御大に見える危険な状態だ。私が変わって通訳すると、「輪界のご意見番であるお前がなんというザマだ、イェンス!」と嘆いておられる。

エディ・メルクス(cv藤岡弘):

グォグォグォ

ベルナール・イノー(cv大川透):

「アンディの見ていた夢を聞き出そうと卑劣な手段で拷問にかけるとは輪闘士の風上にも置けぬ卑劣漢!恥を知れイェンス、子よりもまず常識を作れ」

フォイクト:

エディ師匠そんなウマい事言えないデース!イノー師匠の嘘つき!

ベルナール・イノー(cv大川透):

下がりおろう!イェンス! 処分は追ってUCIより沙汰する。

さて、アンディ。おもてを上げよ。
案ずるな。お前は既に輪闘士ではない。我がUCIの所属輪闘士達がお前に迷惑をかけたな。私が代わって謝罪しよう。

アンディ:

そんな、たいした事ないですよ。恐縮です、イノー師匠。

ベルナール・イノー(cv大川透):

イェンスは駆け出しの時から目をかけていた。あやつは非常に有能な輪闘士だし優秀な教官だ。しかし頑固すぎて人の話を聴かないのが欠点だ。夢を聞き出すために警察が呼ばれるような大騒ぎを起こすとはまったく常識のない男だ。それもたかが夢を知りたい為に……。ほんとうに常識のない………。
………しかし、あやつがそこまでして知りたいとはな。よほどうぬの見た夢に興味があったのであろうな……

アンディ:

いえ御大。イェンスにも何度も言ったんですけど夢なんてなにも見ていないんです。

ベルナール・イノー(cv大川透):

・・・・・そうか。そうであろうな。アンディ。このイノー、うぬが生まれる以前よりマイヨジョーヌに袖を通してきたいわば輪闘の生き字引である。私の頭にあるのは常に輪闘太平の理(ことわり)のみ。輪聖はそのような瑣末毎にかまってはおられぬ。

アンディ:

ご理解頂き恐縮です。イノー御大。

ベルナール・イノー(cv大川透):

(人払いをする仕草:UCI関係者は退席。部屋にはイノー、メルクス、アンディのみ)
(窓辺に歩み寄りシェードから外を眺めるイノー)

今日はこの時期のブルターニュとは思えぬ快晴ではないか。思い出すな。2010年のツール。第15ステージのバレ峠。山頂まで後僅かの時、うぬはアルベルトを陥落寸前まで追い込んでいた。明らかにあの時のアルベルトは疲弊していた。お前の競技人生でもっともマイヨ・ジョーヌに近づいた時だった。もっとも後々アルベルトの降格でうぬはマイヨジョーヌに袖を通す事になるのだが。でも輪闘士なら分かるであろう?ギリギリのせめぎ合いの切っ先を見つめ、渇望していた栄光に一歩一歩近づく時の悦楽を。

アンディ:

いやー、覚えてないです。

ベルナール・イノー(cv大川透):

嘘を申すな。勝負の愉楽は我ら輪闘士(シバレーズ)に流れる穢れた血といえる。スポーツの美しさ?潔癖さ?笑止。我らは走るのだ。ただ己の欲望に忠実に。快楽に流されるままに。合理的な判断なぞない。我らを突き動かすのは敵を見つけ、攻撃(アタック)し、殲滅する愉楽。征服する悦楽。民草には分からぬ。輪闘百年の歴史、それは輪闘の素晴らしさ故に刻まれたのではない。ヒトの穢れた攻撃本能は不変だからだ。箱庭で保護されたスポーツなど童の戯れ言よ。

人は私に何度ともなく聞いた。1986年、引退を決めレモンを助けてマイヨジョーヌをとらせると宣言しておきながら、何故裏切って攻撃を仕掛けマイヨジョーヌを盗んだのか? 輪聖の称号とはコッピ、バルタリの時代から高潔さの象徴。それなのになぜ、醜い裏切りをし、結局、若いレモンの力に屈し、晩節を汚したのかと。

その時レモンは言ったよ。「もう誰も信じられない」と。

うぬはこの台詞、聞き覚えがあろう?そうだ。バレ峠の山頂手前。お前の切っ先はアルベルトののど元にまさに届こうとしていた。その時、お前のチェーンは突然はずれ停止してしまった。お前は見ていたのだ。アルベルトが振り向いたその顔を。

アンディ:

…………

ベルナール・イノー(cv大川透):

レース後のインタビューでお前はレモンと同じような事を言った。私は当然その場にいなかったがその時振り向いたアルベルトの表情は手に取るように分かる。あざけり?安堵?違う。その時、振り向いたアルベルトの目にあったものは「恐怖」だ。

彼はお前の親友だった。おそらく他のステージでは、お前達は助け合えたはずだ。そしてアルベルトにも迷いはなかった。しかし、あの時、あの瞬間だけは話は別なのだ、アンディ。

奴は私と同じものを見たのだ。自分の心を支配する輪闘士(シバレース)の狂気。攻撃し征服する本能。人間の心とシバレースの本能、相反するその二つの感情が争い、そしてアルベルトは狂気を選んだ。選んだという言い方は正しくない。委ねたのだ。我が身を輪闘の生け贄(サクリファイス)として。

あの時、うぬら二人の世界は大きく分かたれた。正にモーゼが割った海のように。アルベルトはサクリファイスを選び、うぬは人を選んだ。

私もまた輪闘のサクリファイスに魅せられた狂人のひとり。私の魂は世界のあちら側にある。うぬもその世界が垣間見えたはずだ。アンディ。その淡き紅い糸の先に拡がる無限の恐怖と狂気、自由、快楽。

テレビで我らの戦いをビールを飲みながら眺め、小さな丘すら登れない肥満した身体を揺らしながら我ら輪闘士を批判する愚民共になにが分かる?きゃつらには一生分からないのだ。この輪闘の紅き一線を。

中国の古き諺にある。

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや」(How call the sparrow soar with the eagle?)

低きを飛ぶ事しか出来ぬ鳥達は、大空を自由に飛ぶ大きな鳥が何を見ているのか分からない、という言葉だ。
我らの見ている世界は民草のそれと違う理(ことわり)で出来ている。

もういちど聞こうアンディ。

何故、何故お前はその紅き糸を越えなかった?糸のこちら側に止まった?
そして………

お前が見ていた夢はその紅き糸の向こう側ではないのか?
お前はなんの夢を見ていたのだ?

アンディ:

いや、だから御大、夢なんてなにも見てないんですって~!それにそんな怖い夢見たらうなされちゃいますよぉ。ボクはもともと意識高くないですし、頭パンクしちゃいますよぉ。

ベルナール・イノー(cv大川透):

………このイノー、ここまであけすけに我が胸の内をつまびらかにした事はかつてない。輪聖、ブルターニュの穴熊と恐れられたこの私がここまで頭を下げてさえアンディ、うぬは心を明かしては、あっ、くれぬのかぁ?(歌舞伎の見栄)

アンディ:

見ていないものは見ていないんだってば!

ベルナール・イノー(cv大川透):

誰ぞある!衛兵!衛兵!
アンディに仮面を被せよ。

アンディ:

えっ?えっ?なに?


ベルナール・イノー(cv大川透):

アンディ、それはレイモンド・プリドール御大の仮面だ。そして現役バリバリの時代に散々プリドール御大を餌食にしてきたメルクス師匠がその顔を見ると……

エディ・メルクス(cv藤岡弘):

グホッホッホ!

ベルナール・イノー(cv大川透):

お前をよろめいたプリドール御大と認識して闇雲にアタックをかけようとする。

エディ・メルクス(cv藤岡弘):

ライダァ~

アンディ:

うわっ!御大、眼がイッちゃってますよ!

エディ・メルクス(cv藤岡弘):

ライダァ~

アンディ:

ライダーって何?!!!

ベルナール・イノー(cv大川透):

輪聖発情期中の輪闘士は狂戦士の仮面を被る事でアルティメットモードになり「輪闘狂騎士究極蒸着仮面騎士」となる。長いので省略して「仮面ライダー」と呼んでいる。

アンディ:

…となるとどうなるの?

ベルナール・イノー(cv大川透): (爪の手入れをしながら)

認識したプリドール御大を攻撃しジャージとビブをはぎ取りたくなるな。

アンディ:

ぎゃーーーーーーーー!!!やめて~エディ御大!伝記読みましたよ!

ベルナール・イノー(cv大川透):

さぁ、ジャージをはぎ取られてブルターニュ三条瓦に裸体で晒されジャージをeBayに売り飛ばされるか、それともこの私に見た夢を白状するか?さぁさぁ、さぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁさぁ!




その時、一陣の突風が取調室の窓を突き破って入り、イノー、メルクスを突き飛ばし、アンディをさらって消えた。


Zwwwwwwwwwhhhhhhhhhh!!!!

ベルナール・イノー(cv大川透):

なんだあれは?……風?いや違う。この輪聖イノーが動けぬほどの無手の間合い…。これは輪闘士によるもの…。しかもこれは….。

継承する者もなく大昔に失われた輪聖技、ブレイク・ダウン・タイフォン!!!
最後に会得した輪聖は………あの……。









(次幕)