2016年7月9日土曜日

[RR落語] 客夢(かくむ ) -4/5













アンディ:

……….うぅん、ん?ここはどこ?なんか妙に寒いけど…





男の声(cv山寺 宏一):

ここはプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュール地域のある峠。標高2,361メートルの霊峰。
あなたにとっては「イゾアール峠」という名前の方が馴染みかもしれませんね。友よ。

(アンディから少し離れた場所に痩躯の男がキャメルのロングコートを身に纏って立っている。鋭い眼光、鷲鼻、オールバックの端正な顔立ち)

アンディ:

ボクはどうしてここに?

男の声(cv山寺 宏一):

いや久しぶりにブルターニュ見物に行こうと飛んでいましてね。そうしたらUCI法廷の方からあなたの絹裂くような悲鳴がするじゃありませんか。なんだろうと飛んで行ってみましたら、あなたがメルクス、イノーというガキ大将達にいじめられているのを見つけ哀れに思いさらってきた次第です。

アンディ:

御大達をガキ大将って……。でも、その顔立ち、その眼光、どこかで見覚えが。

男の声(cv山寺 宏一):

これはこれは。初対面なのにご挨拶が遅れた不調法、ひらにご容赦。アンジェロ(天使)と申します、友よ。

アンディ:

アンジェロ(天使)……その顔立ち……その佇まい………あっ!おじいちゃんの見せてくれた本に載っていた!

男の声(cv山寺 宏一):

お見知り置き頂き光悦至極。ピエモンテのアンジェロ。名はファウスト。アンジェロ・ファウスト・コッピと申します。よろしく、友よ。

アンディ:

輪聖の中の輪聖(イペル・チクリスティ)!ファウスト・コッピ! すごい!はじめてホンモノを見た!サイン欲しい! あれ?でもずっと前に亡くなっていたんじゃ…。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

ご明察、友よ。私は既にあなたたちの理(ことわり)の中にいません。

アンディ:

えっ、じゃあ、ボクも死んだってこと?

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

(笑)案ずる事はありません。あなたは生きてこのイゾワール峠に立っています。私はヴァルハラの住人。死んだ輪闘士はワルキューレの三人の賜杯女(しはいめ)によってヴァルハラに運ばれ、輪闘の歴史を見届けるのです。

アンディ:

えっ!ボクも死ぬとその厨二ラノベっぽい世界に連れて行かれるの?

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

ワルキューレの三姉妹の名簿にあなたの名前はありませんでした。あなたはどこか別の世界に行くのでしょう。それが天国なのか煉獄なのか、はたまた地獄なのかはこの私には分かりませんが。

アンディ:

あぁ!良かった!

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

ほほぅ、これは意外な反応です。
輪闘の歴史、賜杯女(しはいめ)のリストにその名を刻まれなくて残念ではないのですか?
輪闘士ならば誰でも、その名を歴史に刻むために自らの魂を売り渡しても惜しくないと言います。
カイジュウ(EPO)に魂を売ってでも。
誓い合った友を裏切ってでも。
イノーが言ってましたよね。輪闘士ならばその紅き糸の先を見たいと渇望するって。

あなたは歴史に名を刻みたいと思わなかったのですか?
あなたはそれを長い間望み、二度はそれを掴みかけた。
あなたもその紅き糸を見たのではないのですか?

アンディ:

それが「紅き糸」ってものなのか、ヴァルハラの門なのかは分からない。でも皆が伝えようとしている事は分かるし、それがなんなのかも知っている。あぁ、確かに見たよ。その境目を。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

ならばどうして?

アンディ:

「それ」は確かに魅力的だよ。ボクは子供の時からずっと欲しかった。
でも、不思議なんだよね。
「それ」が手の届かない憧れだった時、ボクはとても強かった。なにもかも自分の手の平の上だった。世界は自分のもののように感じた。でもね、「それ」がいよいよ手に入りそうになったとき、ボクの身体は動かなくなったんだ。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

恐怖で?

アンディ:

皆そう言ったよ。「怖じ気づいた」「気弱になった」「やる気がなくなった」とね。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

そうですね。でもあなたご自身はどう思われた?

アンディ:

その糸の上に乗った時、声が聞こえたんだ。
「それ」を手に入れるには、ボクが既に持っている全てのものを捨てないといけないって。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

それは「メフィスト・フェレス」の声です。輪闘の道祖神。

アンディ:

そのメフィストがボクが今持っているものを読み上げるんだ。その時、ボクははじめて知った。ボクはすでにこんなに沢山の大切なものを持っているんだって。両親、兄さん、奥さん、そして大切な子供。その子供は今この瞬間にも大きくなっていて、そして過ぎていった時間は二度と戻ってこない。
そう思うと、長い間恋い焦がれてきた「それ」が急に色あせてしまったんだ。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

ひとは己の幸福よりも結果を優先した者を「英雄」と呼びます。

アンディ:

そうだね。でも考えてみてよ。ツールで勝って英雄になるのはその一度きりだ。まぁ、頑張ればもう何回か勝てたかもしれないね。
でもさ、僕の人生はそのあともずっとずっと果てしなく続くんだ。
子供が大きくなった時、話せる内容がいつも「パパの2010年ツールの栄光」だったらさ、きっとうざがられるよ(笑)。僕は「ツールで昔勝ったパパ」としてではなく、「今素敵なパパ」と思われたいんだ。どんな栄光だってだたの結果だよ。掴んでしまえばあっという間に過去なのさ。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

なるほど。死んだ輪闘士は実は意外と忙しいものでしてね(笑)。先だっては日本の京都の禅寺に行って参りました。そこの庭には巨大な石が置かれており、こんな字が彫ってありました。

「吾唯知足」

アンディ:

なんて意味なの?

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):


「吾(われ)唯(ただ)足(た)る〔こと〕を知る」

つまり

「あなたに必要なものをあなたはすでに持っている」(All you need, you already have.)

という意味です。

アンディ:

そうそう!まさにそんなカンジ!

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

才能に恵まれない人が才能があるのにそれを活かせない人を見るといつももどかしい気持ちになります。考えてみたら不思議なものですよね。才能を活かすかどうかは本人次第なのに。スポーツもビジネスも、人は強欲(グリード)である事が正義だと思っています。そして実際そうです。強欲が技術を進歩させ、記録を塗り替え、より強く、より速く、より高く、より先へと人々を誘っていった。彼らはプロトンの先導車。道を作るのが役目。だから人々は彼らを敬愛する。

アンディ:

だから道を示せなかった僕は、人々から石で追われるしかないのかもね。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

そうでしょうか?

アンディ:

違うの?

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

あなたは自らの人生を自ら選んだ。空気に流されるのではなく、自分の確固たる意志で。
多くの人にはそれはとても難しい。
流されるままに仕事をし、流されるままに日々を過ごすしかない。
あなたは自分の意志で自分の道を照らした。
ならば、その道を自分の意志で歩き続ける事が、あなたの作る道なのではないでしょうか?

他の輪闘士達がイゾワールを登るのも道だし、あなたの毎日自体がゾンコランの登り道でもある。

わたしはそう思います。

アンディ:

……なんかコッピさんっていい人だね。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

現役当時は随分嫌われていましたけどね(笑)

アンディ:

そんな事ないよ!コッピさんはいい人。イノー、メルクスの両御大も、イェンスも、兄さんも、最初は皆優しい言葉をかけてくれるんだけど、僕の見た夢の話を聴こうとすると急に性格が豹変するんだよ!めっちゃ怖かったよ!

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

ほほぅ。人の見た夢を知りたいというのは確かに下衆の勘ぐりといえますね。

アンディ:

でしょ?でしょ?もう皆眼が変わっちゃってさぁ。フォントも急に大きくなっちゃって
どんな夢をみたんだ
なにを見たんだ
と迫ってくるんだよ。
僕はなにも夢なんて見ていないのに。


ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

安心してください、アンディ。私はもう現(うつつ)ではなくヴァルハラの住人です。そのような俗世の欲望とは無縁ですよ。でも、何故でしょうね?何故皆はあなたの見た夢を聞きたくなるのでしょう?

アンディ:

知らないよ!

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

確かにヴァルハラからあなたの様子を見ている時、心に血がたぎるのを感じました。あなたの存在は、輪闘士の心のなにかを焚きつけるのかもしれません。これが…その…(スーツの胸元から黒革の手帳を取り出して開く)ええと、「萌え」という感情なのでしょうか?

アンディ:

コッピさん、用例が違うし!無理する必要ないよ、コッピさん50年代の人だもの。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

……この忘れかけていたような、懐かしい感情..。なんでしょうね。遠く遠く、血潮が巡るような微熱…。

アンディ:

ちょ、ちょっとコッピさん?なんか声が急に低くなったし、眼もなんかおかしいよ?

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

…なにか..忘れていたような、記憶が…呼び戻されるような…

アンディ:

えっ、なになに?コッピさん、どんどん大きくなっている!えっ?えっ?

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

ぐぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

アンディ:

……コッピ…さん…紅い巨人になった?……

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):


よくぞこのヴァルハラまで辿りついた!白き焔よ!
我はこの地の守護者にして門番。ファウスト・コッピより延々続く輪聖の血族の根幹。
北の十二魔神の長、ミュレム・カンチェラーラその人である。

アンディ:

えっ、なになに?ラノベ違いじゃないの?これって日常系落語だったはずじゃ…。

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

お前のその血を手に入れる事で、我が系譜”DIE CANCESINGER”の血統は完成するのだ!さぁ、大人しく我に従い、我の糧となれ。その為には、

アンディ、お前の見た夢をこの私に語るのだ。
アンディ、お前はいったい、なんの夢を見たのだ?

アンディ:

ちょっと待ってよ、またバッドエンド????

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

さぁ、ワルキューレの三人の賜杯女、
ビルドー(パリ・ルーベ)、
ランドグリーズ(ツール)、
ブリュンヒルデ(ジロ)
の腕に抱かれて全てを輪闘の歴史に委ねるがいい。

アンディ:

いやだ!僕は家族の元へ帰る!こんな所に長くはいられないんだ!僕にとってはどの瞬間(every single second)もとても大切なんだ!

ファウスト・コッピ(cv山寺 宏一):

愚かな。正真正銘の輪聖技を受けて絶望するがいい。

マキシマム・バスター・タイフォン!


アンディ:


ぐぁあああああああ!

……………みんな、ごめん……